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1日目賀美郡那珂郡

普通の受験生と俺とで決定的に違うところはどこでしょうか。


答え:普通の受験生は試験の前に神社に行きますが、俺は受験の後にいきます。



てことで月曜日は神社巡りしてきました。
行ったきたのは埼玉北部。

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総行程は約25kmでした。


6時40分発の高崎線に乗り1時間半、まずは神保原駅へ。

寒い朝に頭が冴え、実に気持ちがよかった。


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写真は雪をかぶった男体山と一社目池上神社。正式名称は今城青坂稲實池上神社(イマキアラサカイナミノイケカミ)で同名式内社の論社。
神明鳥居を抜けて少し進むと玉垣と両部鳥居が見えてくる。
田舎の式内社は久しぶりだったので少し感動した。


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祭神は気吹戸主命(イブキドヌシノミコト)と豊受姫命(トヨウケビメノミコト)
この2柱のセットは見たこと無い。よくわからん。
この神社は一度洪水で流されたらしく、本殿が少し土が盛られた上に建ってたのが印象的。


次は熊野神社。式内社の今城青八坂稲實神社(イマキアヲヤサカイナミ)の論社

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なんてことはない普通の神社。特に式内社っぽい雰囲気はなし。


次は天神社だが、この時点ですでに2時間歩いて1件もコンビニがなく、この先もあるかどうかわからなかったので、そばにあった関越自動車道の上里SAで豚まん喰って腹ごしらえしといた。


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駐車場っぽいところのそばにコンパクトだが木々に囲まれた神域を作っていた。
狛犬もまたコンパクトだが年期の入った独特の雰囲気を出しており、なかなかかっこよかった。


次は長幡部神社(ナガハタベ)。
式内社に同名社があるが、その神社以外にも3社の論社でもある。かなりあちこちの神社が合祀されており、かなり期待していた。が、実際に行ってみるとなんかイマイチだった。

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イマイチに感じた原因はおそらくペンキで塗ったと思われる品のない色の鳥居、そのへんの倉庫を再利用したのかというような安っぽい拝殿だろう。
なんともいえずさみしい気分になった。


次は皇大神宮。長幡部神社と同じく論社の合祀を受けており3社の論社ってことになっている。

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バス停になってた。


次は阿保神社(アボ)。


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阿保神社

當社は阿保朝臣人上の創立せしものにして、延喜式当國四十四座の一、則今城青八坂稲實神社なりと云傳ふ。朝臣は伊賀國阿保村の人なり。延暦3年(784)11月、從五位下に叙せられ、武藏介に任ぜらる。任地に來るや地を茲に相し、一城を築き、今城と称し、本國の地名を移して阿保村と云ふ。社號の依て興る所以なり。阿保、青、國音羽近し。故に式に青坂と証せり。其后治承4年(1180)阿保二郎丹次實光崇敬して、社殿を造営す。后建物頽破せしを以て、文政元年(1818)村民再建せしと云ふ。(神社明細帳)
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付近の神社の名の由来がようやくわかった。
この付近の式内社はだいたい今城青坂稲實池上神社、今城青坂稲實荒御魂神社、今城青八坂稲實神社の論社だ。青八坂は青坂からの転化だろう。
この阿保朝臣をいたという伊賀国阿保村には阿保朝臣の始祖にあたる垂仁天皇の皇子息速別命(イコハヤワケノミコト)を奉祀した大村神社がある。この息速別命及び子孫が伊賀国阿保村に代々居住し、文化の移入、土地・産業の開発に尽くされ地名に因って阿保朝臣の姓氏を賜ったそうだ。
武蔵国は元々出雲族の影響濃い血だが、この付近は違ったらしい。


神社自身はというと先の2社と違い神域をもち式内社っぽい空気があった。
ご神木が印象的。


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次は今城青坂稲実池上神社。1社目と同じく同名社の論社。

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この神社は古くは丹生社とと号したらしい。長幡部神社も同様な記述があった。この神社の神社明細帳によると、この丹生は丹生川上神社の勧請だそうな。
丹生川上神社は大和国南部にある神社で二十二社の一社。当然式内社であり明神大社であり、明治時代は官幣大社であった神社。これも阿保朝臣の影響だろう。



次は熊野神社。

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この神社も社叢をもったなかなかいい神社だった。
拝殿の側では近所の人が2人でたき火してた。
この神社には獅子舞が伝わっているという看板がたっていたが、これまで巡った神社の多くには神楽やらなんやらが伝わっているというのが多かった。地域の崇敬篤いということだろう。



この次はJR八高線でちょうど一駅分ちょっと離れていたため電車で移動することに。
で行ったのが丹荘駅。思えばこの丹も丹生からきてるんだろうな。




八高線らしく実に小さな駅。
時刻表をみてさらに驚いたことに次の電車が1時間半後。
本を読みながら待ちました。


で行ったのがみか神社。漢字は↓同名式内社とみられている。

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ミカというのは酒を醸すのに使う大型の甕のことでこの神社の祭祀にはこのミカを製作した集団であったとされる。御神宝として土師器も保存されているらしい。

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遠くから一目でわかるこんもりとした社叢をもっており、なかなかの雰囲気。
祭神は櫛御気野命(クシミケヌのミコト)、櫛甕玉命(クシミカダマのミコト)。前者はスサノオの別名、後者はオオモノヌシの別名。
もろに出雲族ですな。
オオモノヌシについてもスサノオについても酒と深い関わりがあり、その部分での繋がりもある。また、付近には製鉄とかかわりがあるとされる金讃神社もあり、この付近一帯は出雲族の土地だったのだろう。
おもしろいなぁ。

ちなみにこの神社には五角石柱があった。

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香川県以外で初めて見た。




これで終わり。
最後についた駅は松久駅。


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便所か!と思ったら

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便所も兼ねてました。



あと道ばたで見た看板。

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国試終えたばっかりの俺にとって怖すぎます。
日本のうえんと鶏卵って・・・。



あとお家についてからこの日いった神社を振り返りました。




1カ所行き忘れた!!
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夏てか秋

アメフト合宿が終わりました。
館山で3泊4日。
初めて軽い熱中症っぽいのになりました。原因はおそらく、午前の練習の後、他のみんなが昼寝などをしてる間に1人で汗を垂れ流しながら自転車をこいで神社巡りし、そのまま午後の練習に突入したから。しかも練習終わった後水分全然とってなかった。



館山のある房総半島のさきっちょの当たりは安房国(あわのくに)という。これは徳島県の国名阿波からきている。
どういうことか、古語拾遺によると

初代天皇である神武天皇は忌部氏のリーダーである天富命に命じて各地の豊穣な土地を探していた。始めに天日鷲命の子孫を率いて阿波の国に行き開拓した。その後さらに肥沃な土地を求めて黒潮に乗り、房総半島に辿りついた。

ということらしい。
古語拾遺は忌部氏が朝廷に中臣氏に押され気味であった祭祀に関する権限の正当性を認めさせるために書いたものだから、当然すべてが真実だとは限らないけど、現に安房地域には天富命や天日鷲命、さらにそれらの祖である天太玉命を祀る神社が数多くある。また、名のある神社ではなく素朴な地域の神社も建築がそれらの影響を強くうけたもの(神明鳥居に神明造)が多かった。付近の土地には天富命の名からか、富山や富浦など富の付く地名も目に付く。
これに関連して、船橋にある意富比神社(おおい)の宮司は戦国時代までこの地で勢力を誇っていた富氏らしい。
安房の地名の由来は諸説あるようだけど、俺はこの説を信じます。


で、房総半島は肥沃な土地であったため総国(ふさのくに)と呼ばれた。総国はその後上総と下総に分割された。また、本居宣長の説によると、旧武蔵国(東京と埼玉)と旧相模国(神奈川)も古くは総国に含まれており、フサカミがサカミとなり、フサシモがムサシとなったという。


実におもしろいね。これだから神社巡りはやめられません。


他に気付いた事といえば鳥居や本殿を白く塗っている神社が多く見られた。調べてみれば今回は行けなかった安房国一の宮の安房神社の鳥居もすべて白いらしい。何か意味があるのだろうが、ググってもわからなかった。ざんねん。


結局式内社のうち今回参拝できたのは洲崎神社と洲宮神社だけだった。
洲崎神社は千葉県西端の岬の中腹にある神社で東京湾が一望できる場所にある。前述の天太玉命の后神が祀られている。旧准勅祭社(東京十社)の一つである品川神社はこの神社から勧請したものらしい。
安房国や上総国や下総国の内房線沿いには他にもいくつか式内社がある。それらは来週にあるjazz研の合宿の時にでも隙をみて参拝したいと思う。



とりあえず、3日目のバーベキューの時に亀田総合病院で働いている先輩が持ってきた大量のサザエとアワビがうまかった。黒アワビも食べられて幸せでした。



で、東京に帰ってきたわけですが、明日月曜日の患者さんがキャンセルになったのでTSUTAYAでビデオ借りてきて見てます。押井守監督の「人狼」「ロードオブザリング」「バタフライエフェクト」の3つ。100円でレンタルできるってすばらしいね。なんかおすすめ映画あれば教えて下さいな。

スポーツとしての・・・

さて、また今年も湯島聖堂付近で良い香りのする季節になりました。
毎年このにおいをかぐと、植物の芽吹きを感じるわけだけど、未だに香りの元を特定してない。


さて、先週の土曜日はアメフトの試合予定だったわけですが、雨で中止になりました。
ほんま残念。
ただの飲み会で結局7000円飛んでいったのでした。
で試合にむけて盛り上げていた気分を発散させるために日曜日は神社巡りしてきました。


場所は秩父。
参拝した神社は秩父神社と椋神社5社。

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約24km歩きました。


秩父といえば律令制が制定されたころには武蔵国の一部であったが、それ以前は知知夫国と言われ、独立国家だったらしい。まぁ地理的に山に囲まれた盆地だから独立文化をもっていたんだろう。
その秩父郡の中心であったのが秩父地方の総社である秩父神社。

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祭神は
八意思兼命 知知夫彦命 天之御中主神 秩父宮雍仁親王
の4柱。当然ながら秩父宮が合祀されたのは最近だから元来は3柱。

天之御中主神は鎌倉時代に仏教の神経由で合祀された神様。
残りの2神がこの神社の元々の神様だ。
知知夫彦命とは知知夫国の初代国造に任命され、開拓をおこなった人物であり、その祖神が八意思兼命。
この八意思兼命はかなり有名な神様で高天原のご意見番とか知恵袋とかいった感じの神様。アマテラスが天岩戸に隠れた時に知恵をさずけたとされる。


社殿は権現造り。本殿の奥には天神地祇社というのがあった。なんでも全国の一の宮の神を祀っているらしい。本殿を囲む塀の奥一辺がそれにあたり、この天神地祇社の本殿のようなものは見えなかった。
その奥は柞(ははそ)の森と呼ばれる社叢があった。


次は椋神社。
全部で5社あったんだけど、どれかが優位というわけではなく、それぞれが特徴をもっていて非常に面白かった。


はじめにいったのは蒔田(まいた)字宮平の椋神社。

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この神社には御田植神事という神事がある。
元々この神社がある蒔田の地名は勅使が美濃国蒔田の里より稲穂をもってきて当地にまいたことに由来するそうだが、それを模しているのかもしれない。


次は蒔田字宮原の椋神社。

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この神社の神楽は江戸の末期以前の秩父神社の神楽を受け継いでいるとして市指定無形文化財になっている。あと石器時代の石杵があり神宝石と称しているらしい。


次は下吉田の椋神社。

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この神社は龍勢祭りで有名。全国ニュースでその模様が流れる事もある。
何をする祭りかというとロケットを打ち上げる。なんでも江戸時代からあるらしい。通称「農民ロケット」で、土地の古老から若衆への伝承で伝えられ全部で27の流派があるらしい。
なんて面白いんだろう。元は日本武尊の道案内をした猿田彦大神の矛が天高く光りを発して飛翔したことに由来するらしい。

本殿もいいが、そばの八幡社の社殿がすごく立派だった。


次は皆野町野巻の椋神社。

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参道が道路脇の山へ向かう舗装されていない道ですごくわかりにくかった。
この神社は古くは野牧であったといい、秩父より牧の駒をあずかったという。山と川に挟まれた地であり、いまいち実感がわかなかった。
この神社は小さいながら崇敬を集めており、2~3km離れた吉田久長地区に遙拝所があるという。川が氾濫した時には木に鈴をつけて遙拝したことから鈴ヶ森とよばれているらしい。


最後は皆野町の椋神社。

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まず朱色の巨大な鳥居があった。
社殿や神社の面構えは普通の神社だが、数多くの境内社が詰め込まれていた。一番立派だったのが護国神社であったことからも明治政府に翻弄された神社なのだろう。古くは神仏習合が進んだ神社であったそうだ。
無形文化財の獅子舞がある。



とこれで終わりだが、2時に西武秩父駅を出発して4時間半歩きっぱなしだった。ちょうど日の入りの時刻くらいに皆野の駅についた。危なかった。





とここで終わりたいところだが、実は先日の水曜日にも神社巡りしてきた。今度は埼玉の北東部。さっと流します。


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約23km歩きました。


初めは多気比売(たけひめ)神社。

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the 式内社。味のある鳥居にこんもりとした社叢。境内は小さいながらも長寿の木が何本も育ち、式内社ならではの空気をもってました。


次は神明神社。

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すげー。


次が久伊豆神社2社。


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小さな神社。式内社っぽくはなかったなぁ。
久伊豆神社は埼玉の元荒川周囲に数多く分布しているらしい。


最後が玉敷神社。

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割と大きな神社。
なんでも久伊豆神社の総本社らしい。埼玉郡の総鎮守。
お祭り中らしく屋台がいくつか出ていた。ゲソを買ったのだが、めちゃくちゃしょっぱかった。



結局また4時間半くらい歩き続けてしまった。
とりあえず一番感銘をうけたのは神明神社。

神明神社というのはアマテラスを祀る神社の一般名称であり、あちこちにある。あちこちにある分、それぞれそんなに大きくはないし、特徴も無い事が多い。
だけど今回参拝した神明神社はかなりすごかった。

とりあえずgoogleの航空写真。

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中央の細長い森が見えると思う。
これがこの神明神社の参道。500~600mはあるかと思う。
俺はこのそばの道を通ってて、この森は川べりの森かと思ってた。
一番北の森の中に神明神社本殿がある。
それが上にのせた写真。
境内は非常に静かで、境内社も木々にかこまれている。神楽殿も社務所も立派。

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本殿はアマテラスはもちろんだが、トヨウケビメも並んで祀られていた。

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拝殿付近から参道を見たのが下。

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正直田んぼしかないような田舎にこんなに本格的な神明社があるとは思っていなかった。

で、この神明社はこれだけで終わらない。
上の航空写真をよくみると参道の南に鍵穴型の森が見えると思う。
前方後円墳だ。
この前方後円墳はまだ発掘調査はなされていないが、武蔵国造・笠原直使主の墓ではないかといわれているらしい。付近に笠原の地名も残っている。この人物は日本書紀によると「武蔵国造の乱」においてヤマト朝廷と手を結び、同族で国造の地位を争っていた小杵をやぶったとされる人物だ。
このあたりには古墳が点在し、国造がいた地域である、つまり、6~7世紀の政治の中心であったと考えられている。
そう考えると参道の長さから非常に大きな社地をもっていたと考えられるこの神明神社はそれらの中にあって政治の中心にあって武蔵国と中央と結ぶ役目をしていたのではないかと妄想できるわけです。


そしてこの近くにある多気比売神社は土地の神として元荒川の氾濫から住民を守り、神明神社は政治の神として集落や国を守る役割分担があったと考られます。

なんともおもしろい。




てことで2日で50km弱歩いて神社巡りをしたわけですが、実に体も頭も使って休日を満喫できました。
スポーツとしての神社巡り、なんて。


さて、遅くなってしまったので寝ます。
連休は香川に帰ります。

よもやま

最近出費が激しいです。
主に新歓で。

バイトをやめてからなんだかんだ仕送りだけでやりくりしてましたが、今年はアメフトの新歓も重なるためかなりきつい。
貯金が底をついてまう。


てことでjazz研のライブ情報

『新歓ライブ』
4月28日(火)
東京医科歯科大学湯島キャンパス
5号館2階にて
開場:18時
開演:18時30分

ぜひどーぞ。



さて、先日ひさしぶりに式内社巡りしてきました。
スケジュール上遠出はできないので近場でとなると武蔵国ではなく下総国ってことでアメフトの練習で市川にいったついでにいってきました。

茂呂(もろ)神社
意富比(おおひ)神社(通称:船橋大神宮)

初めにいった茂呂神社は住宅地の小高い丘にある神社。
参道入り口は神社の南で入り口はこんなん

もろ1


実に何気ないですね。

もろ2


少し進むと社号標があります。
さらに進むと・・・

もろ3


とうとう社殿が見えてきます。
住宅地の中にありながら長い参道と杜を持ち、まさに鎮守してるといった感じ。ながく土地に有り続けている式内社ならではの独特の風貌と空気があります。
この参道から入ってきて神社をみるまでのワクワク感が好きです。
なんで予習する時も誰かの写真を見たり、ストリートビューを見るといったことはしません。
それで神社までの町並みを見て、参道の空気を吸い、社殿にたどり着くとゾクゾクします。
やめられませんわ。


さて、もう一座は船橋市中心部にある意富比神社、通称船橋大神宮。

おおひ


こちらはおおきな神社。
由緒も古く、日本武尊の東征に関わり創建されたとされる。(船橋の地名も日本武尊の東征が起源)
おそらくこのあたり一体の鎮守であり、船橋市自体も古くからこの神社を中心に栄えたのであろう。

元は意富比神という土地の神様を祀っていたが、この付近に神宮の御厨(伊勢神宮の領地)があり、その神明宮(アマテラスを祀る神社の一般名称)を合祀して以来、神明の名が高くなったのだそうな。
これくらいの規模の神宮を見た事がなかったので良い経験になった。
境内にはちゃんと外宮(トヨウケノオオカミ:アマテラスの食事を用意する神様)までありました。
やっぱり本格的な神明造りは圧巻というか畏れ多い感じ。

てか神宮に行きたい。千駄ヶ谷じゃなくて伊勢の。



あぁ、もっといろいろな神社にいってみたい。
楽しい。

数えてみたんだが、今のところ讃岐国・武蔵国・下総国だけで76の延喜式内社に参拝してる。延喜式でこの三国に記されている神社は79座だが、現在でも特定されていない神社は論社といって複数の神社が候補にあがっている。それを全部参拝するつもりだから俺が参拝した76社でようやく半分を少しこえたところ。
讃岐国ではあと3社、武蔵国では45社、下総国では14社残ってる。
卒業までの目標は讃岐国・武蔵国の式内社制覇だから、今は74/122で60.7%制覇。

GWと夏休みと国試後だな。

てことでもう寝る。

香川に帰り、東京に帰る

久しぶりの日記。

明日からいよいよ診療開始です。(指導医の監督の下で)
その前に思う存分のんびりした年末年始をまとめとかないと、と。

と振り返ると大体神社にからんでることがわかりました。

まず東京から香川に帰省した1日。
ハードでした。


12月28日晴れ

①始発(6:00)の新幹線で東京発
②京都につき乗り継ぎ5分で近鉄に乗り、奈良へ。
③奈良中部の天理市につき、天理教の壮大な建物を脇目に見ながら石上神宮(いそのかみじんぐう)へ。

「石上神宮」9:49
石上


④徒歩で石上神宮から大和神社(おおやまとじんじゃ)へ。

「大和神社」11:01
大和

⑤大和神社最寄りの駅から乗り継いで奈良西部の池部駅に行き、そこから廣瀬大社へ。

「廣瀬大社」12:33
廣瀬

⑥廣瀬大社から法隆寺駅まで歩き、三郷駅まで電車で移動し、龍田大社へ。

「龍田大社」13:47
龍田

⑦三郷駅から大阪の難波駅に行き、奈良で買えなかったおみやげの柿の葉寿司を購入。
⑧南海鉄道で住吉大社駅に移動し駅そばの住吉大社参拝

「住吉大社」15:29
住吉

⑨JRで大阪駅に行き、阪急で兵庫の西宮北口まで行き、そこからタクシーで廣田大社へ。

「廣田神社」16:54
廣田

⑩梅田にもどり近くのたこ焼きや2軒でたこやきを食べてから19:30のバスで香川に帰省。高松についたのは23:30。


地図08ー09


やればできるもんです。
写真で見ると一直線ぽく見えるけど、長距離移動手段である鉄道に拘束されるので実際はちょっと面倒です。
でも歩いた総距離はおそらく15kmくらい。
距離は大したことないけど、10kgはあったであろう帰省の荷物をかかえてだったので大変でした。普段は駅のロッカーとかに預けられたけど、今回はスタートとゴールが違ったからそれが出来なかった。

それと関係してか、靴がそろそろ壊れてたからなのか、足を壊しました。
帰省中は痛くてろくに移動できず。
今は日常に支障はないけど、違和感あるので走ったりはできずな状態。
次からは荷物は宅急便で送ります。




同様に東京への帰省でも寄り道しました。


1月4日晴れ

①高松港を0:45発のフェリーで兵庫の三宮まで。ついたのは4:45。
②三宮から梅田に行き、そこからJRで南大阪の鳳駅まで。大鳥神社(おおとりじんじゃ)参拝

「大鳥神社」6:44
大鳥

③鳳駅から難波乗り換えで地下鉄の本町駅へ。坐摩神社(いかすりじんじゃ)参拝。

「坐摩神社」8:01
坐摩

④地下鉄から京阪鉄道に乗り継いで大阪と京都の間あたりにある牧野駅へ。片埜神社(かたのじんじゃ)参拝

「片埜神社」9:37
片埜

⑤京阪から東福寺乗り換えで京都駅につき、荷物をロッカーに預けてからちかくのレンタサイクルを借りる。
⑥チャリで下鴨のお師匠宅へ。11:40くらい

ずうずうしくもお師匠の家でお節料理を頂いてしまいました。

白味噌餡餅でないお雑煮は初めてたべました。
大変おいしかったです。

⑦その後お師匠と奥様とともに下鴨神社(賀茂御祖神社・かもみおやじんじゃ)で蹴鞠初めを見学。

「下鴨神社・蹴鞠初め」
蹴鞠

⑧京阪電車で八幡市駅まで行き、男山を登山し、石清水八幡宮参拝。

「石清水八幡宮」
石清水

その後、男山の麓、駅前にあった大変味のある居酒屋にて軽く食事をお師匠のおごりでいただきました。

「天然いのしし入荷しました」
朝日屋


その後九条駅で師匠夫妻と別れ、新幹線で東京に帰りました。



帰省中は何したかというと、うどん食べて、初詣に友達五人でいって、そのうちの二人が道路脇の水路に落ちて、兄夫婦と淡路島に観光にいってついでに伊弉諾神宮によってもらったりしてました。
ちなみに水路に落ちた二人のうち一人は俺です。正確には左足の皿小僧と顎で水路に橋をつくりました。

東京帰ってからはどうのかというと、東京に帰った次の日には前回の日記で書いた竹中平蔵をはじめとした方々のセミナーに行き、あとは臨床実習のオリエンテーションうけたり、カレー作ったりしてました。
財布が潤ってるので国産牛スネ肉を贅沢につかったカレーつくりました。
めちゃくそうまい。ありえん。

てかにんにくも国産と中国産で値段違いすぎでびっくりしました。
中国産は三個100円なのに、国産は一個250円。
財布が潤ってるからもちろん国産です。


冬休みはこんな感じでした。

正月早々ご迷惑をおかけしたお師匠様、ありがとうございました。


(注:最近聞かれるんだけど、お師匠は研究体験実習でお世話になった先生で、神社巡りや神輿担ぎの師匠です。怪しい宗教などではありませんので悪しからず。)
プロフィール

udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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