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もう秋か…。
思ってたより夏はみじかかったな。
気温に湿度に風、なにより体が秋だ、と言ってるわ。

こんな日は寿司がうまい、ってことで寿司食ってきました。
鯵うまー!
鯖うまー!
脂ののった鯖ってめちゃうまいな。鰯とともに鯖節にするのも納得。えーダシがとれそうや。
鯵も鰯も鯖もおか釣りサビキで釣れるから小学生ん時は夏休みによく釣ったもんさ。

で明日テストなのにあまりに外が気持ち良すぎたから寿司食った後チャリで皇居一周してきた。
気持ちよかったー。

さてラストスパートですたい。
明日の今頃は夏休み!!!
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うどん・・・




http://www.asahi.com/national/update/0729/OSK200607290009.html

えー人やないの・・・教授としてどうかは知らんけど。
もう1コ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060728-00000030-sanspo-ent

はぁ、禁断症状が・・・
はよ食いたい。

ちなみに真ん中の写真は高松空港の写真。
看板をよく見てほしい。特に右上。
このへんやっぱうどんの国やなぁと思う。

医師の技量で診療報酬に差

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=64580&media_id=2

本当にできるんかいな。
すごく難しいと思う。技術的にも社会的(政治的)にも。

医療技術を評価する方法がまず確立されてない。
そもそも、評価しようにも同じ条件の患者なんて都合よくいるわけないし、そもそも一人の患者に対しても成された治療が良かったものなのか、悪かったものなのかなんてのは、患者にも医師本人にさえもわからない。だからこそ医療過誤があったとしても「最善は尽くした」でそれ以上追求できないこともある。
てか以前に手術件数の多い医療機関に診療報酬上乗せしたけど、結局手術件数治療成績との関係が不明ってことで廃止になったばかりなのに。

アメリカでは積極的に評価する方法に対して研究費が出されてるらしいけど、結局まだ方法論を確立できてないらしい。
だからこそ民間の非営利団体や保険会社に評価を委ねてる。
より一定な基準である、医療設備やスタッフの配置や組織内のシステムで評価する医療機関評価もまだはじまって10年程度。社会に浸透してるとは思わない。

それに医師会が診療報酬に差をつけることにはずっと前から反対のようだ。
学会での認定医制度についても、平成五年に日本医師会と日本医学会と認定医制協議会の三者会談を行い、そこで診療報酬に差をつけないことで合意しているそうだ。


もちろん現実にはあるであろう技術差によって診療報酬に差をつけるってのは当然だと思うし、俺も大賛成なんだけど、現実的には難しいと思う。
それより診療報酬の仕組みを変える方が先だと思う。
医療機関への報酬と医師への報酬が一緒になってるのは日本だけだそうだ。確かにこれはおかしいと思う。
どうせ今後いっそう勤務医比率は高まっていくんだから、いいかげん医療機関の赤字をどうにかしなくちゃならないと思う。


まぁ、どっちにしろ歯科はおいてけぼりなんだろうな。
小規模診療所がたくさんあるってのは行政としてもやりにくいだろうな。


明日テスト、明後日テスト×2、月曜日テスト×2(重め)で夏休み!!!

鼓動

NHK教育で鼓童の公演の番組があったので見た。
鼓童結成25周年記念の公演、坂東玉三郎と競演の「アマテラス」のドキュメント+公演録画だった。

外国の新聞の文言を借りれば
「いかなる美辞麗句で飾っても、
鼓童の原初的な力強さと勇壮で華やかな美しさを
伝えることなど決してできない。」
シカゴ・トリビューン[アメリカ]
って感じ。その場で見て聞いて感じたかったなぁ。

自分が太鼓を叩きはじめたのも、幼いときに祭りとかで和太鼓演奏を聞いてたのが原体験になってると思う。

で、例によっていろいろと考えてしまうんだけど、こういう伝統芸能だとか言葉って、日本人が生きる中で何を感じてどのように生きてきたかってのを表してんだなって感慨深くなった。
太鼓の種類にも実にたくさんあってそれぞれ叩き方からバチまでいろんなものがあるし、太鼓に限らず何かの楽器一つとってもそこから奏でられる音はほぼ無限にある。日本の音楽って音符じゃあらわせられんのよね。
つい最近授業でも先生が言っててなるほどと思ったんだけど、ものを食べる音にしてもパリパリやバリバリ、ポリポリとか実に多くの擬音語があるんだけど、外国語ではそう多くはない。

で、伝統だとか文化だとかがなんで生まれたのかっつーと、たぶんそれがないと生きられなかったからなんだろうなぁ。
その土地の自然や隣接地域との関係、地域を治める原始宗教と祭り、必要な情報を伝達する言葉と文字。それが廃れるのは、それがなくても生きていけて、その不文律のようなものが必要ではなくなったからか。現代でも一定の集団で無人島に移り住んだならその集団に特有な慣習が生まれそうだな。
その土地の人の中から不文律が消えたなら、こんどはその法を明文化しなければならない。阿吽の社会から契約社会へかな。

近年の医療現場は正にその変化の過渡期じゃないだろうか。
阿吽の医者-患者関係からインフォームドコンセントによる明確な関係へ。責任の所在を明らかにし、言葉によりコミュニケーションをとる。

まぁ、そんなこたぁいいや。


だいぶ話がそれたけど、坂東玉三郎を見て歌舞伎にも興味をもった。
演技に入った時の纏ってる空気が違う。
歩みの動作一つに見入ってしまう。
すごいなぁ。


夏休みにしたいことが増える。

梅雨明け遅れるんだと

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=63131&media_id=2

勘弁してくれよなぁ。
昨日の夕方雲の合間から日が差し込んできた時は無性にうきうきしたもんだけど(梅雨明け後の日差しは好き)予報みたら今日も雨だわ。
まぁ天気予報も微妙にはずれまくってるからどうなるかわからんけど。
部屋の中が暑いのは嫌だけど、外はやっぱり暑い方が好きだなぁ。夏は暑くて冬は寒いのが一番。

去年はひたすら渇水だった香川も今年は降りすぎだそうな。
とにかく中部~西日本はデタラメに降ってるようだが、これ以上被害が広がらないことを願います。

だめだだめだ

さっき日記書いてなんか違和感を覚えて、ネットで興味の趣くままにいろいろと調べてた。


ああ、だめだだめだ。
今の自分はだめだ。


自分の根本的な目標は自分を最大限活かすこと。
自分を哲学的な位置に置き、それをひたすらに深める生を紡ぐこと。
今の将来の目標はそれに見合う十分な内容のものだと思う。

ただ、今の自分はだめだ。
きっと今の目標である自分にはなれない。
過去の偉人でいえば灘尾弘吉や白州次郎、そして武見太郎のような人になりたい。
もちろん、もとの環境から現時点での能力や資質等あらゆる点で比較するのもおこがましいくらい今の自分は足りない部分が多いだろうと思う。
しかしだからこその目標だ。
過去の偉人と呼ばれる人は、常によく見、学び、思考して自らの価値を築き上げていったのだと思う。周囲を見て良しとはせず、高い評価にも溺れず、決して自分には甘えてなかったからこそ、こうして後世に残るような人物に成り得たのだろう。
目標はあくまで根本的には自分になければならない。

そうすると、
今の自分に満足できない。この瞬間の自分にも満足できない。
読書量は春の10分の1になってる。心の中ではテストだから、と言い訳をしているが、今日は学校が終わってからほぼ何もしてないに等しい。日々の環境に甘え、僅かばかりの知識に酔っているのだろうと思う。もともとの学問に区分けなんてないのに、それをちょっと超えたからって何かをしたかのように思ってる自分がいる。なんてことだ。緩やかな下り坂に気付かないのは愚かなことだ。


実は昨日現時点での現実的な目標である試験にうかった夢を見た。
まぁ夢だから具体性のあまりない観念的な内容だったけど、でも自分の中で沈滞しつつあったものが広い世界へ解放された喜びを感じたのを覚えている。
3年後にそれを現実のものとすることができるのか。
それができなくとも目標は達成できるかもしれないが、その前にそれだけの努力ができなかった自分に対して後悔することになるだろう。何より、そんなことすらできないようでは先が知れてる。


どうせなら後世に名を残したい。
これでもか、というくらい濃い人生を送りたい。もちろん公私ともに。
今のナアナアな自分の状態を早く建て直し、根本的なところにたって時間を積まなければと思った。

雨降りすぎ

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=62600&media_id=2
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/daigaku/toushin/06051111.htm

見たらすぐわかるけど、医療系多すぎやし。
薬とか看護系の数のことは大雑把なことしかしらんけど、歯学部の二の舞にだけはならんといてほしいわ。
専門職要請なんて単なる教育の問題じゃないんだからしっかり連携とってほしいわ。


とりあえず山本は二度とテレビに出るな、と。
でも、大規模万引き告白しながら復帰する気満々のタレントもいることだしなぁ。ちなみに親は贈賄、公電磁的記録不正作出・同供用で処分中の歯科医師。今年の8月からは処分とけるらしいけど。
医療者の処分てどうなんだろね。
行政処分が軽すぎる気がしないでもない。刑事処分なんてほとんどないし。


充電中。
部屋の片付けでもしよう。

シーリング

「社会保障費、21兆円台=来年度予算シーリング-財務省方針」

 財務省は15日、2007年度予算の概算要求基準(シーリング)に関し、年金や医療など社会保障費を、06年度当初予算より約5000億円多い21兆円程度とする方針を固めた。ただ、社会保障費の増加分は公共事業など他経費の削減で吸収し、政策経費である一般歳出の総額を06年度の概算要求基準額(47兆5000億円)以下に抑制する。 
(時事通信)



ちょっと吃驚。

シーリングってのは別名概算要求基準っていって予算請求する際の上限のこと。
シーリングはだいたい7月に財務省から各省庁に伝えられ、8月末までに各省庁が財務省に概算要求を提出する。でその後各省庁間や財務省内部での折衝を経て12月末に各省庁に次年度予算が内示され、次の年1月の通常国会に予算案が提出されて、予算委員会で審議後成立することになる。

なにがちょっとびっくりしたかってーと、
「06年度政府経済見通し、実質成長率2.1%・名目2.2%に上方修正=内閣府試算」っていうニュースを見てたから。
社会保障費が財政を圧迫しているって言われてるのはたぶん一般的なんだろうけど、その社会保障費の伸びをGDPの伸び率の範囲内に収めるってのが学識経験者と呼ばれる人たちの意見であり、経済財政諮問会議でもそういうことが提案されていたからだ。
でも今回のシーリングは2.4%強のプラス。ちなみに5年度から6年度は0.9%だった。
ここ最近特に社会保障費が目の敵にされてる感があったのでちょっとびっくりしたわけだ。

んでいろいろと政策過程を知るためにgoogle(今はこれしかツールがないのが惜しい)ってみると、首相官邸の政策会議の一つの「社会保障の在り方に関する懇談会」で議論されてた。議事録を軽く読んでみると、医療費は高いのかという部分から踏み込んだ、GDPベースでの社会保障費抑制に対して反対的な内容だったのでちょっと安心した。今の財務省と経済財政諮問会議の流れだと社会保障費圧縮は当分動かないものだと思ってたから、一つでも政府内でこのような意見が出る会議があることはすごく心強い。

まぁどうせ医療費の改定が行われるのは平成20年度だから今年の予算はあんまり関係ないのかもしれないけどさ。
とりあえず経過観察だな。


と、その前に明日テストだった・・・。

蒸しデミー

今日はアカデミーヒルズセミナーに行ってきた。
講師は佐野忠克弁護士でモデレーターは伊藤元重東京大学大学院経済学研究科教授。ちなみに佐野氏は前経済産業審議官。簡単に言うと官僚のNo.2。
演題は『情報技術がもたらすグローバリゼーション ~ 国際経済を読む』

講演の内容はこれまでの日本の通商政策・産業政策と、日本社会・国際社会の変容、情報化による社会構造の変化といったもの。時代の変化に伴う国内での構造変化と国際的な枠組みの成長、人・モノの流れとエネルギー利用について非常に興味深く聞けた。
アメリカが受け入れた留学生が落とす金額は約70億ドルだとか。

産業構造の変化により、国際的な枠組みも先進地域ではFTAという物の流通を扱うものからEPAというサービスや投資の自由化に向かっている。
ここでおもしろい話を聞いたのだが、佐野氏はEPAにおいて医療の提供を夢見ていたらしい。どういうことかというと、日本の医療技術を国を超えて提供するということ。簡単にいうと(実際は違うんだけど)臓器移植をしにアメリカに行くようなもん。

確かに日本は医療先進国として高い技術を持ってはいるんだけど、それを提供するのはあくまで海外協力の場であり、サービスとして提供しようとしてはいないようだ。
元々日本では医者弁護士教師は仕事をサービスとして見ない傾向が強い。さらに医療をほぼ完全に社会保障の一部とし、国が管理している現在の制度の中で医療サービスを貿易することは難しいだろう。
俺は医療への株式会社参入は反対だけど、ただ財政危機から財政主導での医療費抑制がなされるのなら、ある程度医療をサービスとして市場論理を取り入れた方がいいのかもしれない。
俺が反対する理由の一つに医療分野への法制度不足があるからもちろんそこはなんとかしてもらいたいけど。
持続可能な社会保障制度ということを考えると現在の財政状況とを見ると、いいかげん社会保障制度の大きな改革が必要だと思うので、そこに単なる市場原理の導入、つまり民間財の導入ということだけでなく、海外の財をも取り入れることを考えるのも考えるべきなのかもしれないと思った。

講演だとかセミナーだとか、できるだけ行ってんだけど、時々こういうヒントを得ることができるからうれしい。

今日のテスト

運動系のテスト。骨と筋です。
生理の分野も入るんだけど、手元にあったのは解剖の本のみ。
今回ばかりはやばいかもわからんね。
しかもやらんでええとこまでやって時間つぶしてしもた。
てことで軽く仮眠とって校舎が開く7時に学校行く予定です。

はぁ、ミスったなぁ。


で、昨日なんともうれしいニュースがあった。
高校の時の先輩(Y川先輩)が外務省に採用が決まった。
すごく尊敬してる先輩だし、半年に一回くらい飲んだりしたりしてる先輩だからすごくうれしい。

それにしてもえらい時に決まったもんだ。
俺もがんばらななー。

同窓べき

今日は東京玉翠会でした。高校の同窓会。毎年1000人以上集まる高校の同窓会なんて他にないらしい。

吹奏楽で校歌とか応援歌とか演奏したんで飯は食い放題。
うまかったぁ~。

それにしてもOBでも旧制中学だとか女子中だとかの人たちってほんとにすごいんだろうなあと思った。以下略。


んで帰った後、ETV特集「爆笑問題×東大」というのがあったので見てみた。中身は教養について。
番組自体の感想として、一応VSの形はとってるけど、太田は言いたいことをだーっていって、それを教授がそれを受けつつうまく主張(?)をして進行するって感じに見えた。ま、それはいいや。

純粋に自分が向いた先のものを見つめること、という共通点があっても、それが実際には学問研究であったり、金儲けであったり、恋愛であったり、といろんな姿をみせたりするんだよなぁ。
そのすごく気まぐれな自分を自分は知らなくて、自分がどういったもので、どこにいるのかも知らない。
番組内では教養とは自分の立つ場所を知ることというのがあった。(いくつかあったうちの一つ)
俺は哲学というものが好きだけど、自分の考えとして自分がどこにいるか、とか自分がなぜここにいるのかとかいった問いは明らかに思考の範疇の外にある問題、と思ってるからふとそこに吸い込まれそうになっても早めに引き上げることにしている。でもその果てしなく答えがないものにもやっぱりそれは論題になり得、俺はそれを無意味なことだとは思わない。そもそも俺がどう考えているかなんてのは全く問題ではなくて、そこに一つの生きる糧となりえるような「問題」があれば、それはすごく尊敬すべきことだと思う。
「問題」にはすごくいろんな種類があって、それはほぼ欲と同じ意味なんだと思う。
例え閉鎖的であろうが、人の役に立ってなかろうが、それをマイナスにとらえるのはあくまで比較社会的な価値観であって、絶対的にとらえるなら、根源の欲の話になるんじゃないかなと思う。
学問っておもしろい、楽しいものなんだ、と爆笑問題の相手をしてた教授は言ってたけど、その言葉が最も学問の正当性を立証するんんではないかと思う。


でこういう理想論みたいなのはおいといて。
実際の社会において、自分の興味をもったことに対して純粋に行動しようと思っても、やはりそれがどういうことなのか、というのは自分で理解しながらでないとあまり具合がよくないようだ。
例えば研究の世界では自分が出した説について継続して責任をとらなければいけないってのは番組の教授も言ってたし、一度どこかの会社なりの組織に属したらある程度自分を犠牲にしなければいけない部分も多々ある。
逆に今の社会の中で自分の興味に対して純粋に従うことが出来る人間というのはすごく優秀な人間だと思う。最近でいえば、中田なんてのはたぶんその典型だろう。
俺は小学生の時に学研漫画でレオナルド=ダ=ヴィンチを見て彼のような万能人になりたいと思った。今、自分の興味に対して自分の可能性に対して信頼し、ある程度従うことができるのはその時の気持ちがもとになってるのかもしれない。もちろんそうすることができるのは学生という束縛されないかなり自由な身分だからであり、すること自体は誰にでもできること。社会にでて同じことをできるかどうかは今の努力と自分が持っているものにかかってくるんだろう。

できるだけ自分に正直に生きたい。
だけど社会に生きる限りそれを簡単に実行することはできない。だからこそ、今自分が得られるものを最大限得ようと思っている。得たものは自分の中で自分を形づくり、その積み重ねたものが自分。それ自体がどんな意味をもつのかは知らないけれど、少なくとも現在の自分を満たしてはいる。

自分が自分をより学習させることに対して根本の欲があるのなら、その活動ははじめの生命体が遺伝子に情報を集め始めた時からその活動は始まってるんかなぁ、とちょっと思った。


とりあえず今の問題は月曜日テストなのに、自分のうっかりで教科書が休日は閉鎖されてる校舎の中にあること。

今日はライブ

七夕ライブ。
7時から5号館2ゼミであるんで暇な人はぜひどーぞ。
って宣伝遅すぎだな。

いそがしすぎ!!!
睡眠時間削る以外自分の時間とれねー。

いや、たぶんとれるから余裕がないだけだな。
できることをやれてない証拠だわ。うーむ。

学校はあと一ヶ月。

ご冥福をお祈りします。

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=55500&media_id=2
橋本龍太郎元首相死去。

実は今年の一月に橋本元首相の講演を聞いてる。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=76621121&owner_id=271459
その時は様々な種類の質問にもすごく明晰に答えてたから結構驚きました。

橋本氏といえば自民党最大派閥の領袖、そして厚生族のボスで行政改革をし、介護保険を導入した人。そして日歯連事件で一億円の献金を受け、政治資金規正法違反をしたとされる人。

行政改革については一般の人がイメージしているよりも大きな業績だと思う。政経について勉強してると割りといろいろなところに橋本行革のことがでていてる。
学的なことをいえば、NPM(New Public Management)型の行政減量を進め、行政システムを官僚主導から国会主導パラダイムへの変換をすすめた行革だった。
小泉首相のイメージの強い経済財政諮問会議も民営化も基礎を作ったのは実は橋本元首相だった。

議員になってからほぼ厚生族として経験をつみ、かなりの政策通だったらしい。これは自分で講演を聞いた時も感じた。厚生労働関係はもちろんだけども、他の分野についても知識と自分の考えを持っていてて、橋本元首相に対する考えが変わるきっかけにもなった。

で、やはり一番有名なのは一億円事件だと思う。
過去に日記書いてるけど(http://mixi.jp/view_diary.pl?id=55570428&owner_id=271459)、これは日本歯科医師会の政治団体である日歯連からの献金一億円を政治資金収支報告書に記載せず、さらに歯科医師会に対し何らかの便宜を図ったということが疑われている事件。
この事件では、収賄の要件に必要な当該分野への直接の職務権限自体は有していなかったため、平成研究会の帳簿への不記載について決定したのは誰かということが主な論点になっていたように思う。これについて6月28日に不起訴になっていた。


俺の勝手な見方だけど、橋本元首相自体は政策通ではあっても、やはり派閥領袖としての派閥型、厚生族議員のボスとしての利益調整型の2つの面をもつ古いタイプの政治家だったんではないかと思う。業績も大きいが、それについてまわる疑惑の部分も大きいだろう。ただ、だからといって単に悪として見てしまうのには馴染めない。

ご冥福をお祈り致します。

徳島

16000はずん☆でした。スタバ。

今日の昼飯はうどん喰った。
昼休みに(チャリで)ひとっ走り御徒町まで行って「かがり火」で食ってきました。

食ったのはおろしぶっかけ。
うまー!
で、それにのってたのがすだちをみて、ふと最近、というかここ何年かすだちを食ってないことに気付いた。
ちょっと前に徳島出身のピアノ弾きさんとすだちとうどんについて語ったばっかりだったので感慨深くいただきました。

すだちうまー。
やっぱレモンではあの酸味と香りに勝てません。
焼き秋刀魚におろしとかけるのもいいけど、うどんにかけるのもやっぱ最高やね。

ってことで軽くすだち目当てで明日もかがり火に行きそう。
ただ、かがり火のうどんは温かいやつはうまいんやけど、冷たいやつは少しレベルが落ちるんよなぁ。
まさに玉に瑕なんやけど、まぁここは東京ということで夏までがまんします。

なつまでまつな
プロフィール

udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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