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たりん

あー、自分のプレゼン能力の無さが悲しいです。
頭の中が整理されてないんだろうな。

そういえばトマス・ハリスの「ハンニバル」の中でハンニバル・レクター博士が頭の中の記憶の宮殿の中に知識が整理してあって、記憶を辿るときはただその記憶をおいてある場所の引き出しを開けるだけだ、という記述があったのを思い出した。

と、これ書いただけで自分のプレゼン能力のなさに悲しくなる。

得た知識を要約し、繋がりとともに整理して頭の中におき、それをoutputするときに、必要な部分を最小限の冗長度で話す。

あ~、憧れだけど、今後必須の技術だけに切実に欲しいと思うんですわ。



というのも今日歯学部教育委員長やその周辺の人と学生の意見を聞く懇談会もどきみたいなのがあって、自分の言わんとすることをシンプルに要点をおさえて話すことが出来なかったから。

ほんとに、今までも自分のプレゼン能力の無さは知ってたけど、今日再び思い知らされて凹み気味です。
気付かないうちにそういう能力を身につけてる人がうらやましいです。

あーあ。

とりあえずT田が自分の嫌いなタイプの人だということも再発見しました。
ちょっと意見を言うと、聞きたくもない当人の考えやいらない例え話を延々と続け、で最後には話がそれてしまってんの。
あんたの理想なんて知らんよ、と言いたいけど、感情も俺個人のものだから言えないし、常識的にも言えるわけが無い。

あー、なんかもやもやしての愚痴ですわ。

最近週三である解剖実習。4人一班なんだけど、指示を出さなきゃ動かない人間が二人もいる。作業量も少ない。
欲を言うならもっと突っ込んだ学習ができるメンバーがよかった。



頭の中ばかり先に走り、現実はおいてけぼりだわ。
最近負。
凹む。
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TBB会

今日は高校の時の吹奏楽の先輩や後輩で会をしてきました。

41代山川先輩、42代松原先輩、43代山?先輩、44代俺、45代井上君。
なんとも豪華なこと。3人東大、一人外務省内定、一人ロー。
山川先輩筆頭の会もこれで3回目ですわ。

で、どこでやったかというと新宿の中華屋。

ちなみにここ→http://gk.cool.ne.jp/shanghai/
写真だときれいだけど、なかなか濃いー店だった。
壁に歴代中国指導者の写真があったりの、机の下に猫がおったり、でカタコトの女将さん(?)が仕切ってる感じの店。
それこそ「おめぇに喰わせる・・・」っていわれそうな店。

味はおいしかったです。
メニューに豚の脳みそとかあったのが印象的でした。


店には3時間半くらいいたんやけど、とりあえずめちゃくちゃ笑った。
呼吸困難になりそうなくらい笑ったんは久しぶりやわ。
言わずもがな、がある共通の土壌をもった人ってのはやっぱ違うな、と思います。

その後麺通団に行ってうどん食ってから帰宅。


そういえば明日テストだわ。
昼間やり残したところがあるから今からしなくちゃならない。
眠い。

ん~、しっくりくる文章が書けた気がしないけど、ま、いいや。
さっさとやってさっさと寝よう。

難しい

あぁ、無性にうどんが喰いたい。
小麦が香ってコシのある麺と一滴に凝縮したうまさのあるイリコダシのうどんがたべたい。


最近朝は寒いね。
腹が冷えます。腹出すな、ゆー話ですね。
もう10月27日か。
早いもんです。

そういえばデトロイト・メタル・シティの2巻が発売なんで買いに行こうと思います。

今日は後悔の残る日。
なにやってんだか。

トン・・・トン・・トン・トン・トトトト

今日は解剖体慰霊祭のため築地本願寺までいってきました。

本当は昼飯に築地で寿司食いたかったけど市場が休みだったんで場外で海鮮丼食いました。うまうま。


慰霊式が終わって本願寺の法要。
楽器使っての法要は初めてだったんで新鮮でした。
といっても聞き入るものでもないし、お経は何いってんのかわからないので、太鼓と鐘の音を聞いてました。

太鼓は2種類、小さいのと大きいの。鐘は一種類。

小さめの太鼓は
トン・・・・トン・・・トン・・トン・トトトト
が基本。音の大きさと音と音の間隔が小さく狭くなるパターン。
叩き方の種類は、頭の音を強調して入るのと、それと比べて頭から音も次の音への間隔も狭いのの計2種類。
大きめの太鼓は
ドン・・・・ドン
っての。小さい音を叩いてから大きい音を叩いてた。

それぞれの叩き方は
まず小さめの太鼓が頭の音を叩いてすかさず鐘がなり、小さい音が続けて叩く途中に大きい太鼓が叩き始める。大きい太鼓の2つめの音がなると同時に小さい音は叩き終わり、同時くらいに鐘が2つ鳴らす。
その後少し間をおいてから小さめの太鼓がもう一つのパターンで叩き始める。頭の音と終わりの音のすぐ後に一つずつ鐘を鳴らしていた。

鐘と太鼓はこの2つをセットでずっと繰り返してた。
パターンが変わるとそこがコーダ部分で、パターン一つ分くらいたたくと演奏が終わってた。



なんてことを聞いてると退屈せずに済みました。
とりあえずお経の時にたたく拍子木はいい音が鳴ってました。
安定してあの音を出すのは割と難しい。

気付いたこと考えたことは他にもあったが黙っていることにしよう。


その後軽く勉強してjazz研へ。
今日はかなりうまくて場数も踏んでる先輩からいろいろとjazzの話をききました。ピザと寿司も食った。うまー。

俺はバップに憧れはあるけど、スウィングが一番すきだな。
あの音とリズムに溺れてる時が一番幸せだわ。
これぞ一生ものの娯楽って感じ。

勉強のためにアメフトを辞め、jazzの練習もあまり時間をとれないでいる。
自分のために勉強はすごく重要なんだけど、それ以外の部分がおろそかになりすぎるのも頭では問題だとわかってる。

さじ加減だよなぁ。
さじ加減って名言だよ、まったく。

discussion

昨日書いたのの発展。というかdiscussion。

医療費の決定は大まかに言えば昨日の通りになる。
しかし、その過程によって得られた医療価格は妥当なものなのだろうか。

医療費の決定は大まかに言えば医療者と行政の間で折衝と政治手続きにより決定される。
だが、医療の消費者は常に一般国民のBtoC形態(BでもCでもないけど便宜的に)であり、医療取引に使われるお金は全て国民所得から払われる。そしてそのサービスの受け手も常に一般国民だ。
ここに複雑な関係がある。

医療現場では医療者により医療サービスが提供され、患者がそのサービスを受け取る。
その医療サービスの内容は現場の医療者により決定されるが、その質と価格は公的保険制度により行政に決定される。そしてサービスの対価はマクロで見ると15%を患者が、残りを公的部門と保険者が払う。そしてその公的部門と保険者の支払財源は一般国民の国民所得である。
医療現場でサービスの内容は現場の医療者により決定されると書いたが、インフォームドコンセントの意識の高まり等により患者もサービス内容の決定に関わるようになってきている。


ここで重要なのは医療現場にいるのは医療者と患者でありながら、その両者がサービスの質と価格を決めることができない点にある。

そして現状では医療価格は低く抑えられている。国際的に見ても先進国の中でもかなり低い水準である。

その低い医療価格は何をもたらすか。

医療者サイドをみると、まず患者の数をさばかないと利益を上げることができない。歯科の現場では特に顕著で、儲けるという意味ではなく、純粋に医院経営的に見ても現在の保険点数では無理があるようだ。
その結果一人当たりの診療時間は減り、一つの保険点数で加算される診療内容にかける時間が減らされていく。これは直接的な質の低下をもたらす。

さらに経営者の立場から見ると、収入が少ないわけだから経営状態を良くするために支出を減らそうとする。医療者の人件費を減らし、人員を減らそうとする。医療者の門戸が広がったことによる医療者の供給増加もこれに拍車をかけるものと思われる。
これは例えば勤務医療者の過労につながったり、危機管理費用が削られたりすることにつながるのではないかと思う。


価格弾力性が低い分野で価格が低く抑えられるとサービスの供給者が相対的に不利益を被るってのはある程度わかりやすいことだと思う。


最も議論したいのは患者側だ。


価格が低いことは一般国民の受診に対する価格障壁を低減させ、「国民の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」(健康保険法第一条)を可能にしている。
要するに医療は国が介入してでも積極的に国民に消費されるべきものである、と考えられている。

確かに平均的な家庭なら大抵の病気は家計状態を気にせず医者にかかることができる。そしてその状態が生み出されたことにより、国民の健康状態が良く保たれているというわけだ。


しかし、それは本当だろうか。

ハーバード大のJoseph P. Newhouse教授の研究によれば、国際的に医療価格の高低や医療費の多寡と健康粗指標に相関は見られない。日本でも医療費の増加と寿命の増加に相関はない。
これについて教授は「豊かな国ではケア消費が拡大する」とした。
要するに現在の医療費の増加中身は寿命を延ばす事を目的としたキュアよりも、より健康度を増進させる事を目的としたケアの意味合いが強いのではないだろうか。


つまり医療において、死に直面した切迫感のあるものではなく、ある程度のゆとりをもったある種の贅沢品として消費されているのではないだろうか。


ここで一つの仮定を作ることができる。

「患者は現在よりも価格が高くなろうとも質の高い医療を需要している」


現在の低く抑えられている医療価格というのは、患者が治療のみを目的とした時のサービスを想定するものではないかと思う。そうでなくとも現実にそうなっている。
しかしある種のゆとりをもった患者にとって、治療のみを目的とした医療現場というのは自身のサービスへの欲求と合致しないものなのではないだろうか。

安くて早い診療よりも時間的にゆとりのある診療をしてほしいかもしれないし、とりあえず噛める入れ歯よりもしっかり噛める入れ歯が欲しいかもしれない。


その典型が差額ベッドだろう。

それまでの病院ではまさに病気を治療するためにベッドが用意されていた。ところが患者は病院での生活に対しても十分な暮らしがしたかったから、需要が生まれ差額ベッドが存続しているのだと思う。



もしこの仮定が否定されないのなら医療制度はおかしな歪みをかかえていることになる。

しかし、もし現在の医療費の中に贅沢的な要素があるのなら、その部分について国が介入する必要はない。
もちろん制度設計上も倫理上も簡単に部分的な介入解除なんてできないし、患者にも様々な人がいるから簡単に断言することもできない。

二部料金制なども頭の中で案として考えてるけど、まだただの空想の域を出れてない。





また長くなった。

今興味があるのは昨日今日書いたこと。
「医療価格の形成について」
医療費の決定過程と医療に対する需要と供給、それらの間で医療価格がどのように揺れ動くのか。もちろん制度と深く関係してるから政策や財政にも裾野は広がる。

これらが去年の12月から今までの学問の勉強以外で自分なりに勉強してきたこと。長くなりすぎて書ききれてないけど。

これはこれで卒業までに結果を出したい。
あわよくばそれで院卒と同程度の評価を得たい。

それが可能ならばその分時間の省エネになるからね。


また寝るの遅くなっちまったよ。

室井さん

容疑者室井慎次見てました。

いろいろ考えること多いなぁ。

行政の場と現場、その中の人と人。

青島さんと室井さんの「約束」になった現場と行政との関係はそのまんま医療分野にも適応できる。
行政組織である警察庁や警視庁と現場である所轄刑事が対立的構図にあるように、医療でも厚生労働省と医師・歯科医師等の医療者は概して対立関係にあるようだ。


そして医療者は厚労省の役人に対して「現場を無視している」と言う。




対立関係は多くの場合医療費に関しておこる。
なぜ対立がおこるのか。一説に厚労省は医療者を「いくらでも儲けようとする金の亡者」として見、医療者は「現場を無視して医療を統制しようとする権力の亡者」として見ているからだ、というものがある(池上直己)。

もう少し詳しくかつ単純にプレイヤーを見るなら政策資源となる予算を与える財務省と患者の医療費の一部を負担する保険者が厚労省の側にあり、医師会・歯科医師会からの支援をうける自民党が医療者の側にある。

で現実にどこで医療費が決まるかといえば中央社会保健医療協議会だ。医療者側委員8人、保険者側委員8人に公益代表委員4人の計20人によって行われる。会議の事務局は厚労省保険局医療課であり、委員への事前説明や技術的な事務は行政が行っている。
ただしここで決まるのはあくまで医療費の分け方であって、医療費総額は予算によって決まる。

予算は厚労省と財務省との折衝と与党政調や総務会と行政との折衝により決まり、年末に閣議決定され、年初に国会で可決されることにより医療費総額が決定される。その後前述の中医協によりそのパイの分け方が協議されることになる。

その予算は厚労省大臣官房会計課と財務省主計局の厚労省担当主計官との折衝や行政と自民党の政調厚生労働部会や総務会との折衝により決定され、年末に閣議決定された後、年初の国会予算委員会で審議され本会議にて可決されることにより決定する。ここでは与野党国対の折衝がある。

これに圧力を与え影響を与えるのが、医師会・歯科医師会・薬剤師会の三師会に、健康保険組合連合会等の保険者団体とその関連団体である経団連や連合等だ。




こんなことを羅列したってしょうがないな。
まぁ、前置きってことで。

重要なのはそこに関わる人と、どこまでもシビアな現実だ。


行政は国の制度として破綻することがないように政策を決定しなければいけない。もちろん国が破綻することがないように財政的制約もある。政策の面ではプロだ。
一方医療者は国民皆保険である以上国の政策の中で医療を行っていかなければならない。ところが政策云々以上に現実に患者を目の前にして医療を行わなければならない。

さらに医療者は現場で事件を解決する「術」を持った刑事であり、厚労省は国を運営する「責任」をもった官僚だ。
医療は警察と人間の心情が動く点で同じであるが、犯罪以上に高度な情報を取り扱い、現場と会議室に大きな隔たりができやすい。
厚労省では例えどんなに医療を良くしようとしたところで、それらを処理するのが一人一人の人間であり、限界がある。限界の中で現実に近づけるのが質の高い情報だが、日本にはその専門家の数が極めて少ない。


財政的なことをいえば、政治的問題から減税はしやすくても増税はしにくい。同じように医療についても保険料や患者負担を上げることは難しい。ところが財政赤字圧力により、医療費を抑えなければならない。すると医療費が足りなくなっても調達を増やすよりも出費を減らす方向に傾くことが推測される。


法律の間接的な影響もある。
法律の規定の仕方により現場の裁量の幅が決まる。例えばゴミ収集車は燃えるゴミに多少燃えないゴミが混ざってても清掃員の裁量により持って行ってくれるが、燃えないゴミを回収すると罰せられるようにすると清掃員はだれも持っていかなくなる。
さらに裁判の判例も現場に影響を与える。具体的内容に対する判断もそうだが、訴訟で患者勝訴が多くなったり賠償額が大きくなれば歯科医師も慎重になる。


さらにそこに個々人の思惑が絡んでくる。
厚労省の人事は複雑で、キャリアと呼ばれる国?(法律職・経済職・行政職)合格者の事務官と、医師・歯科医師・獣医師などの技官がいる。幹部ポストについても技官のつくポストがあり、そこで争いを見せることがあるようだ。



個人の思惑、組織の思惑を落ち着けるところに落ち着けるのが、圧力の大きさと調整能力だ。

「容疑者~」では筧利夫演じる新城が当事者とは違った立場から調整を行っていた。

現実でも調整を行うのは官僚の仕事だ。現場に最も関係するのは課長職で、それ以上は政策の折衝・調整に奔走することが多いらしい。
一方医療側は調整能力や折衝能力を持たなかったので、圧力という力で押すことをしてきた。それが日歯連事件などになった。医師会は数年前に日医総研というシンクタンクを作り、折衝能力を向上させようとしているが、日歯は計画はありつつも遅々として歩みが遅い。そもそもの研究者が少ないことがここでも影響している。



今後どうなるのだろう。
今後財政赤字に対する国民からの圧力が高まれば歳出削減のため医療費は削られるだろう。ところが患者は増える。単価は安くなり、より現場が厳しくなるんだろうか。
景気が良くなり、金利が上がれば開業が減り、医療業界内での競争は減るんだろうか。
医師の開業医比率の低下や歯科医師会不振により医師会・歯科医師会の組織率が低下し、政治力が弱くなるかもしれない。
医療の厳しい現実から優秀な受験生を確保できなくなり、これまで医療を成長させてきたような付加価値を生み出せなくなるかもしれない。

考えることはいろいろある。

時間も足りないし、書くスペースも足りない。
残りは明日書こう。

背中痛い

頭痛や腹痛、腰痛はあっても背痛って言葉がないのが不思議。
現にこんなにも背中が痛いのに。

姿勢が悪いのが悪いんです。
小学校ん時から猫背癖。

昨日心臓と肺を切り出し、今日は心臓の中も見ました。
今後一生見ることはないんだろうな。
心臓の中はきれいでした。


先日大学生のビジネスコンテストのようなものを発見して、頭の中にあるものを試しに応募してみようかと思ったけど、締め切りが10月末までだ。
プランの具体的内容から始まってプランの優位性・実現方法、実行時期、課題・市場性・事業採算・収支予測まで書かなきゃならない。かなりきつい。
もともとおぼろげな形しか見えてないものを実現可能にしようとしてんだから無理が生じるのは当然なんだけど。

ま、なんか形にしたいとは思ってたのでダメ元でなんとか形にして応募だけでもしてみようかとおもっとります。
その過程で新たに自分に必要なものも見えてくるでしょう。


いいものが作れたらいーな。

お茶祭終了

ようやく終了しました。

とこう書くのも理由があるわけですわ。

実は二日目にjazz研で一年生のギターが盗まれまして、かなりゴタゴタしてました。
一時間の休憩の前に会場だった部屋に置き、休憩の後の2時間のライブ後に見にきたら無くて、その後あちこち探し回ったがないとのこと。

その部屋は休憩中も常に人はいて、ライブ中も出入り口に人がいた。ドリンクを無料で提供していたので、ライブの客は入り口でコップを受け取り帰りに返すのが普通だった。ライブ2時間で計30名ほどの客の出入りがあった。盗難にあったギターはギターケースに半分だけ入れられた状態で入り口から2mほどの場所に置かれていた。盗難発覚後エレキギターを使う団体が使う場所は全て調べ、両団体のメーリスで情報を募ったが何も得られなかった。
というのが状況。

正直考えたくはなかったけど盗難ならば早くに対応した方がいいし、現実にどこにも見つからないという事実が何より重く警察に被害届けを出すことにしました。

で、通報し警察の聴取に立ち会った後、盗難について自分のできることはやったので部室に帰ると部員の女の子が潰れてる・・・。
で、その女の子の世話を手伝ってタクシーで送って、家に帰ると一時過ぎ。

次の日は昼に学生課にとりあえず口頭で盗難報告をして、学校が終わってから即報告を書類にまとめて学生課に提出。その後ヤボ用をすませて、すべきことは全てやったので家に帰ってようやく12時間睡眠とりました。


で、今日。
なんと昼休みにギターが見つかったとの連絡が。


なんとjazz研の他の一年生が間違って持って帰ってたんだと。

正直めちゃくちゃホッとしました。

お茶祭前はただでさえ演奏が忙しい上に部のマネジメントもして学校は解剖でめちゃくちゃ忙しく、お茶祭が終われば忙しさからは解放されると思ってたところに、盗難騒ぎがあり、一年生の個人所有のものだったのでjazz研部長として管理できてなかったことが申し訳なさすぎて全く終わった気分になれてませんでした。

それが無事、迷惑をかけた人には申し訳ないけど、一番いい結果に終わったので、ホッとしすぎて涙でそうでした。
ようやくお茶祭が終わったと。

連絡が入って本人に警察に連絡をしてもらって学校へは自分で報告しにいって無事一件落着しました。


あー、これでようやく次に向かうことができます。
これまで解剖の予習が授業の休み時間にしかできてなかったんで、とりあえずしっかり予習して臨めるようにします。

てか心臓ってこぶしよりもでかいね。

お茶祭

今週の土日はお茶祭です。暇で暇で外に出たいけどどこにも行くところが無い人はぜひど~ぞ~。
jazz研は土曜日12時からステージでやってます。
土曜夜18時30分から「東京ダイナマイト」がライブやります。
過去にお茶祭に出た芸人は次々と売れてるのでお茶祭で今のうちに見とくと旬の先取りになるかもしれないです。
あと日曜日は国会議員の荻原健司氏がきて講演するようです。

期待すると肩透かしをくらうけど、期待しないできたら時間はつぶせるってのがお茶祭。

よければどぞ~。
http://ochasai.net/top1.html

おとといくらいからお茶祭のための練習と学校で夜12時まで埋まってるので相当疲れてます。
あと少し!

仏像と西郷どん




今日も素晴らしい快晴でした。

昼前に家を出て昼飯くってスタ勉。
その後9月からずっと楽しみにしてた東京国立博物館の仏像展を見に行ってきました。


最近はっきりと仏像好きになってしまったようです。

仏像の芸術性と他の芸術作品との異質性についていろいろと記述しようとしたんだけど、うまくいかなかったのでやめます。

仏像自体に込められた仏師の精神性というのがまた仏像を継続して人に影響を与えるものにしてんだろうな、と思う。
俺はミロのビーナスよりも仏像の方が好きです。

その後ジャズ練へ。
たっぷり叩いて気分良かったです。

夜になっても空が真っ暗じゃなく、濃~い紺色っぽく見えるのがなんとも素敵です。
これだけ天気よかったら、おそらく日本中で新たな決意をした人とか新しいアイデアをうみだした人とかたくさんいたんだろうな。


とりあえず俺が考えたことは、これからも変わらず自分を外れない自分としてやっていこうということ、それがたとえ変人への道であっても哲学家としての自分を忘れずただ生きていこうというもの。
もちろんさじ加減は大切ですが。
迷えば深い秋も迷いを超えたとこは心地良いもんです。

左:西郷どん("さいごうどん"で変換したら"最後うどん"て出たw)
中:この中に仏像がいっぱいいました。空の青さが素晴らしいです。
右:4時過ぎ。かなり強い光でした。上野公園の噴水を通してみると噴水が輝いて見えましたとさ。

中秋の名空




今日の空!
めちゃめちゃ青かった。素晴らしいね。
たぶん昨日の雨と風が空を綺麗にしたんだろうけど、こっちにきて一番かと思うくらい素晴らしい天気だったよ。
気温も湿度も文句なし!
しかも夜は夜で中秋の名月とくりゃ、もう最高の一日でした。
朝も自然に目がさめたし。11時間睡眠で一週間の疲れもすっきりです。

写真の才能と夜の月でもきれいにとれるカメラがないのが悔やまれます。
いやぁ月もきれいだわぁ。

いい天気の日には気分もいいです。
明日も楽しみだ。

左:大学のそば
中:夜。一分前は群青色のめちゃくちゃいい色だった。左下は警視庁。
右:皇居の堀にそって。ぼけちゃってるね。
全部携帯でとりました。

困憊

自分の時間がとれん。
学校の授業と解剖の予習、バンドの練習。
たぶん来週末までこのままいきそうやなぁ。うーむ。

睡眠時間削りたいけど授業中眠くなるしリズムが狂うと長期にわたって苦労するので早く寝たい。てか今かなり限界。

もうちっと物事を要領よくこなす才能が欲しいなぁ。

はぁ、なんてことないぼやきでした。

一方通行

学校始まった。
今日から解剖でした。がんばろう。

一昨日とある夢みました。
現実には不可能な方針転換を夢の中で決心して、その通りに物事が進行して、「これから困難もあるだろうけどすっきりした」って夢。

おそらく、いや明らかに願望を表してる。
それだけモヤモヤしてんだろうなぁ。
特にこれまである程度方向性は決まってたのに、最近選択肢が増えて迷走しだしたからなぁ。

うーむ。
現実にもやることはいっぱい。頭の中にもやることはいっぱい。

遅いんだよなぁ。

夏休み終わり悲しきかな

終わったなぁ。
長くもなく短くも無く2ヶ月を2ヶ月として過ごした気がする。

去年の夏休みは自分の中でブレイクスルーがあったんだけど、今年の夏休みは緩やかな発見を得た夏だった。
結局outoputを出すことはできなかったなぁ。まぁあせらずいこう。

急がず休まず。
自分は自分であれば十分だな。

今日から学校。明日からいよいよ解剖も始まる。カリキュラム的に日本で一番遅いんちゃうかいな。

とりあえずお茶祭まではjazz研が忙しすぎて自分の勉強はできなさそう。結局5バンド出ます。えらいこっちゃ。
あと2週間は気合入れないとパンクしそうな気がする。
がんばろう。
プロフィール

udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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