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か~ま~ど~

土曜日はばなきと共に東大法学部の公開シンポジウム
「ボーダレス化時代における法システムの融解と再構築-現場との対話」
『第2部 国際関係をめぐる法システムの再編成』
ってのに行ってきました。

会場が六本木ヒルズだったのでその前にヒルズで昼飯喰いました。中華料理屋で1000円の定食。

めちゃくそうまー!!
味付けがちげー。やっぱうまいもんはうまいんだなぁ。
4階の中華料理屋、今後も行くことになりそうです。


んでもって肝心のシンポジウムの内容はというと、東大の教授4人と元イスラエル大使と国際問題研究所所長代行の計六人による研究発表のようなものでした。


感想。
元々このプロジェクトは特定のテーマに対して分野横断的な研究チームを作って研究するってコンセプトで、今回はその成果発表らしかったんだけど、印象としてはそれぞれバラバラに自分の研究をしていた感じだった。

中身は国家の統廃合による国籍・市民権の問題だとか在日外国人に関する不法行為の問題だとかパレスチナ問題だとか。んで正直いって中身もそれほどおもしろいとは思わなかった。
というのも研究発表というよりなんだかただの現状の解説に思えてしまったからっていうのもあるだろうし、いまいちoutputがはっきりしていなかったからだろうと思う。

その中でも長谷部恭男教授の「リベラル・デモクラシーの行方--レオ・シュトラウスの政治思想によせて」っていう発表はすごくよかった。元々俺が哲学好きってのも影響してるかもしれないけど。

他の発表とは異質で、問題に関する研究ではなく、最終的に命題を証明しようとする形の研究発表だった。手元に資料とメモがないからうまく要約はできないんだけど、現象としてシオニズムを提示し、それに対してシュトラウスの哲学を「書く技法」の中に隠されたホッブズやスピノザの思想との関係を解き明かしながら明らかにしていっていた。
だめだ、うまく要約できない。

長谷部教授はその発表の仕方がまず絶妙だったんだと思う。
論理構成が見事だった。


その後ラーメン食って帰宅した。
ばなきもいろいろと悩んでるんやなぁ。
見たことないことはわからんし、いわんや先のことなんてわかるはずもない。
大学生って悩むもんやね。当然か。今の自分じゃなくて将来の自分を縛ってしまうことになるんやから。


んで日曜はだらりとテスト勉強とレポート作成、のはずが夜7時から11時まで寝てしまってレポートが終わってなかったのでそっから朝までせっせと作ってました。

んで今日新たに「レポートは木曜まででいい」っていう情報が。
俺の徹夜(もどき)は一体なんだったんだ・・・。


そのレポートってのは去年唯一落としたテストで「歯の鑑別」。
歯を提示されてそれがどこの歯なのか当てるってやつ。
どうやら俺はセンスがないらしい。あかんわぁ。
彫刻の方は割りと好きなんやけどなぁ。



最近ほんま勉強せないかんな、と思います。

このままじゃやりたいこと何もやれん。
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医療・金融

前の日記で一緒に書きたかったけど長くなりすぎるのでとっておきました。


医療っつーと医療サービスとそれに対する報酬、つまり保険制度を中心とした金の流れに目がいってしまう。
病気と経済情勢は関係ないからあたかも医療業界は景気不景気に関係ないかのように錯覚してしまう。

ところが夏に慶応商学部の権上善一助教授の論文を読んでこの考えはすっかり改まってしまった。医療業界の見え方がすっかりかわってしまった。

その論文では1990年におきた看護師不足について、その原因を1980年代の低金利に求め、余った資金を貸したい銀行と病床数を増やしてより自分達の病院の規模を大きくしようとする病院経営者との思惑が合致した結果病床数が急激に増え、その結果現場の看護師数が足りなくなってしまったというもの。
現に病床数と金利変動は有意に相関があった。

経済とは一見孤立しているように見える医療業界と一般市場経済との結びつきをダイナミックに論じているこの論文は自分にとってかなり衝撃的だった。


これより最近考えていることは今の医師不足問題。
金利が下がり、市場に資金が溢れている状況。日銀の量的緩和に象徴されるようなつい最近までの状況やないの。
ただし、医療制度改革により療養病床が大幅に減らされるので病院の規模を大きくするのではなく、勤務医が低金利の資金を借りて開業を行うと仮定する。

で思い出したのが日経onlineの記事。
そこに出てたグラフによると02年から03年にかけて新規開業数4540件であったのが次の年には4832件になり、その次の年には5752件となっている。しかしそこの記事では病院の労働環境が悪化したことが原因であると分析していた。

確かに医師の技術料の値下げがあり、病院経営が厳しい今現場では労働環境は悪化しているだろう。医局制度が壊れつつある今、有能な医師を確保するのにもお金がかかる。
しかし、それだけではなく、長期金利が低くなって、それを好機とばかりに自身の最終目的地であった「開業」に殺到し、病院の空洞化が進んでしまったのが大きな原因ではないのか。
元来人員に対して病床数の多い現場であったのだから容易に人材不足になりうる。

そしてここからが問題。

今医師不足を過酷な環境であることが原因として医師養成数を上げるとするとどうなるか。

今後景気回復を受け、日銀が利上げをしようとしている。
それを受けいずれは銀行の金利も上がる。
多額の資金がいる開業は金利が上がってはより困難になる。
すると勤務医の流入方向の人材フローは維持しつつも流出方向の人材フローは抑えられ、ストックが増加する。
すると勤務医不足は何もしなくとも徐々に改善するのではないか。

すると安易な養成数の増加は過剰な人員を生んですまうことにもつながってしまう。日本の社会保障制度は過剰な医師を雇えるようにはなっていない。なんてたって低負担低給付なうえに財政赤字。

もちろん小児科や産婦人科の人材不足は別問題だけど、こう見ると今後の動向を見るのが楽しみだわ。


金融はなかなか面白い。

今興味があるのは証券化。

医療機関は非営利であり、株式会社は参入を許されていない。
すると何が問題かっつーと資金調達が大変だってこと。
株式会社の利点は営利云々の前に市場から資金調達できるところにあるだろう。

通常医療機関を作るのなら銀行からお金を借りなければならない。その手段をもっと広くするものの一つが証券化だろう。
一般に銀行の金利が一番安く、第一候補になるんだけど、劣後融資として今後かなりの発展が見られる分野ではないかと思う。

証券化とは簡単に言うと売り買いできる権利書みたいなもので、どのようなものが考えられるのか今ググってみると診療報酬債権の証券化が考えられるそうだ。
ようするにその医者や病院が将来得るであろう診療報酬を証券化によって売ることができるってこと。場面が変わるとソフトバンクがvodafoneを買収した手段であるLBOになる。

これの何が医療業界に向いているかと考えると、まず医療機関は公共性が高く多くの出資者が得られるのではないかということ。もう一つは市民の目を経ることによって必要なところに資金が集まるのではないかということ。
銀行は回収のことを考えるが、証券化を行うことにより、必要のことを考える市民が出資者となる場合も考えられるのではないか。
また前半部に関係させるなら銀行に大きく依存する医療金融を安定させる役割もあろうかと思う。


俺は日本の医療にはブランドが必要だと思っている。総合病院では海外からも患者がくるような病院。歯科では良い歯科医療の象徴足りえるような医院。大きな資金を得るには銀行の力だけに頼るよりも市場の力も借りたほうがいいだろう。



ヘルスケアは以前からかなり注目度を高めていて、これまで閉鎖的だった病院にもアウトソーシング等を通じて市場社会との繋がりが深くなっている。
残念ながら厚労省はそういう考えはないようだけど、俺は将来のためにも保険制度の枠を狭くするべきだとも考えてる。
市場は金融を先頭に医療に入り込んでくるし、医療は研究開発を先頭として市場での役割を高めていくだろう。

なかなかこれから面白そうな部分ではないだろうか。


うまく自分の役割を見つけていきたいなぁ。

社会経済・社会保障

昨日(一昨日)「わが国社会経済と社会保障」という題の厚労省志望者向けのテーマ別説明会に行ってきました。

今最も興味ある分野の一つだわ。

社会保障、特に医療保険に関しては国の財政的な制約を受ける。しかし、医療分野での技術革新は常に続き、サービスが生まれ続ける。大きさの決まった財政的な箱の中でサービスが生まれ続けると、その中でそれぞれのサービスは十分な対価を得られなくなり痩せ細ってしまうのではないか。
これが俺の主な疑問点。
さらに医療サービスの提供者と消費者と医療サービスの(最大の)金銭負担者が異なることにより生じるサービス評価のずれは歳出削減圧力の下ではさらに大きくなってしまうのではないか、というのも派生して考えられる疑問。

ちなみに国際的な比較をすると日本の医療費総額はかなり小さい。

プログラムは30分ほど社会保障担当参事官室室長補佐の人の話を聞いて6人くらいのグループになって軽い質疑応答でした。

その時に上の疑問点について質問してみた。

俺の頭の中には箱の中身を減らしてもっと患者本人の負担を増やし、国の保障ラインを下げるというのがある。まず、サービスの消費者とその対価の負担者という二つの立場をできるだけ近づけることによって適正な消費がされるのではないか、というのが一つ。もう一つはより負担が増えることにより、サービスに対する要求をもち、そこに財が集まることにより消費者の望むサービスを受けられるようになるということ。要するに財の適正配分がなされるのではないかということ。

こんな感じの自分の考えも軽く交えながら聞いてみた。

とりあえず対象の枠をせまくすることは考えていないらしい。
少なくとも俺が質問した人の考えでは、現在の医療保険を民間に解放すると、利潤追求により医療の構造がより歪んでしまうので、箱を破綻させないためにはなんらかの方法で増税しなければなたない、というものだった。また、サービス内容の消費者と金銭負担者との評価の違いについては、回答に現在のいわゆる混合診療のことしか言っていなかったので特に問題だとは考えていないようだった。

財政制約と医療の枠についてもうちょっと突っ込んでみると「命だけは平等に」という内容の考え方をもっていることを聞かせてもらった。

「命は平等」というのはもっともだ。そういえば夏前に自民党の当時の政務調査会長だった中川秀直議員に同じような言葉をもって医療制度改革について質問したのを思い出した。
ただ、今ではこの現実的な問題に対してこの文言を用いることに少し違和感を感じている。

少し刺激的になってしまうけど命はある程度金で買えてしまう。

一生のうちで一番金がかかるのは死ぬ直前の段階だ。
そこで延命のための治療費を負担することは果たして社会的にどこまで必要なのか、という議論もできうる。
また、極々軽度のものも保険で賄わなければならないのかというものもある。

もう一つ、医療技術開発について、ハイコストハイパフォーマンスなものではなくローコストグッドパフォーマンスな技術開発に向けた行政的な介入を行っているのか聞いたが、どうやら行っていないらしい。日本の財政的な特徴として、特に今は歳出削減圧力が強く、積極的にローコスト開発に投資するということは無さそうだということだ。
思うに、確かにハイパフォーマンスな技術は世界的に需要があり、求められてるんだと思うけど、今後世界的に高齢化が進んでいることがわかっているんだから医療業界にはもっとローコストグッドパフォーマンスな方向への技術開発があってもいいのではないかと思う。



これまでは医療技術の付加価値創造が医療費を押し上げてきたが、今後は高齢化による医療費増が大きくなってくることが予想されている。
しかし財政は歳出削減を一層おしすすめてくる。医療費は今後さらに窮屈になるだろう。
室長補佐が「医療費削減はもう限界にきているのではないかと思う」といっていたのはかなり救いに聞こえた。



まだ医療に関連して疑問に思ってることとか聞きたいことはあったんだけど、医療は医療でテーマを絞った説明会があるのでその時に聞こうと思います。

ちなみに厚労省の人の発言はすべて「個人の見解」としてのものなのでご了承ください。

いてててて

最近日記書けてないなぁ。
書くネタとか考えてることはあるんだけどなんか明日でいいや、と思ってしまう。

これはかなり悪い傾向だ。思い立ったが吉時でい。

さて、土曜日は一才年上だけど入学年では一年後輩で今は同じクラスという複雑な関係の元アメフト部キャプテンと東京体育館に筋トレに行ってきました。

筋トレなんて夏以来。
下肢の筋肉が衰えてることを予想してたんだけど、思ったよりおちてなくて、ベンチプレスの落ちの方がちょっとショックでした。

運動不足でいることは嫌なので時々は筋トレしようと思います。できるだけ頭も体もそれ以外もいい状態でいたい。

まぁ久しぶりなくせに結構がんばったので昨日は全身筋肉痛でした。てかたぶん今日もそのまんまでしょう。


さて、元そのまんま東氏が宮崎県知事になったようで。
学部でちょこちょこ勉強しただけで知事になっちゃって大丈夫なんだろうか。やるだけなら問題ないんだろうけどさ。
部外者だから静観するだけだけど。

あと、納豆。
馬鹿じゃなかろうか。制作側もそれを盲目的に信じる人も。

でも自分が考えてる常識と大きく違った常識を持つ人なんて腐るほどいるんだよなぁ。んで間違いなくそういう人達も社会の構成員で、社会で何かしたいと考えるならばきちんと考慮にいれないといけない。
もちろん自分の常識の方がマイノリティであれば考えを改めなければいけない可能性だってある。


いろんな人がいるもんなー。
社会はほんと複雑だわ。
その複雑さがまた好奇心を煽るんだけど。


物事を考える時に単純化は必要なんだけど、社会を単純化することは社会の本質を否定するようなものだと思う。
例えば格差なんて言葉は単純かつ扇動的で好きじゃない。それを言う人が何をいいたいのかイマイチわからない。いろんな人がいて、いろんな結果があるんじゃないかなと思う。その格差の上にいる人達がどういう人だと思ってるんだろう。お金もっても人間関係で殺される人もいるというのに。

いろんな人がいる分、社会の多くのものごとは両面的で、単純化しすぎてたり片方しか見てないと必ず誤解を生んでしまうと思う。見てないことは知らないし、先のことはわからない。社会の本質なんて複雑すぎてわかるわけない。

あるがままを見ていたいとは思いつつなかなかそのとおりできないんだよなぁ。人間相手で単純化は理解の敵だ。

ゴタゴタ書きながらも書いてることとその時々の自分が矛盾していることにも気付いてしまうんだよなぁ。


でもベーコンが「読書は充実した人間を作り、会話は機転がきく人間を、書くことは正確な人間を作る」なんて言ってたみたいなので、できるだけ読書して会話して書きたいと思います。

あ~、物事思い通りにいかないようで、その原因は思い通りにしてない自分だったりする。・・・なんか前の日記と似たような締めだな。

どたどた

jazz研「new year session」が終わりました。
お客さんも結構入ったんでよかったです。

いやはや、最後3日間は怒涛でした。

土曜日は10時から14時まで練習し、軽く勉強した後、渋谷のオーチャードホールでe.s.tのライブ見に行ってました。
ホールでjazz(?)を聞くのは初めてだったんだけど、そこそこ楽しめました。
てか統計の某先生が招待券とってくれたのでただでした。

んで日曜は朝9時から夕方16:00まで足掛け4バンドぶっとおしで練習。いやはやつかれました。
でもなんだか終わった後すっきりした気分になったのでそっから勉強して、もういいだろって思ったところで家の前まできたところまでは順調でした。
そこでいつのまにか鍵をなくしたことに気付きあちこち探したけど見つからず、大家さん(老夫婦)を訪ねて起してしまうのも悪いので結局漫喫で寝ました。一時間半くらい。

次の日は午前中ねて授業終わってからすぐ準備したり本番したり打ち上げしたり片付けしたりして日が変わったころに家に帰ると意識を失い、今日の午前中の授業も出席はしつつも結局全部寝てしまいました。
てか今もすでに眠い。

でもとりあえずほっとしてます。



世の中にはいろいろとおもしろいものがあって、それらを満喫する自分の姿を想像はするんだけど、そうなれるように100%の努力ができない自分が恨めしいです。

医科歯科

今日の午後新春講義だかセミナーだかでうちの歯学部長が「医科歯科大学の将来像」って題で話すって張り紙を見て、ぜひとも行ってみたかったけど同窓会の親睦会らしかったので行けなかった。
残念。


医科歯科はこの先どうなるのだろう。



阪大のカリキュラムや授業の様子を聞いてみるとあっちの方が優れてるような気がした。


周知のとおり国立大学は国立大学法人になった。
さらにこれからの時代は人口減少社会。
この中で生き残り、発展するためにどうすればよいかといえば、より効率的で生産性の高い人間とシステムを作っていかなければならないと思う。

これから医科歯科はどのような分野でどのように価値を作っていくのか聞きたかったが聞けなかった。


カリキュラムが変わって歯学部では基礎の時間数がどんどん削られている。その代わり早くから臨床体験実習やPBLのような統合的な科目を増やしたのだそうだ。
また、4年の前期には2ヶ月~3ヶ月の研究体験実習があり、5年の後期からはもう患者さんを相手に治療をする臨床実習が始まる。

自分の印象で言うなら研究に配慮しつつも臨床家育成の面が勝っているように見える。
この部分が少し気がかかりなのだ。


BRICsの台頭や情報技術の革命による世界のフラット化をうけて、今後日本社会全体の効率化をすすめ生産性を高める動きは高まっていくだろう。それは不可避だと思う。経済財政諮問会議はなんかはその象徴的存在だ。

今がどうであろうとも進化と発展がなければ社会に取り残される。

新しい価値を作り出すのは研究開発だ。
研究開発はイノベーションにより新たな価値を生む。するとそこには資金と人が集まり、情報が集積する。その情報は新たな価値を生み出す糧となる。

これが基本だと思うんです。

基礎のコマをどんどん減らすというのはこの流れに逆行してしまうのではないか、という疑問。


一方であるのが、社会の運営には既存の価値を受け継ぐことも必要だってこと。

歯科医療を運営するには優れた技術を持ち、それらを使いこなせる臨床家ももちろん必要だ。
特に大量の歯科医が溢れ、質が低下しているのならなおさら必要だと思う。


あと、個人的には臨床家でも研究家という選択肢ではなく、他の分野との橋渡しをする人がもっと増えて欲しい。
社会の中で歯科をより生かすために学際領域の人間ってのは絶対必要だと思う。人と人の意思伝達にプレゼンテーションが必要なように社会に歯科を伝える人間が必要だ。
かなり特異な社会である歯科は他の分野と情報交換をし、橋渡しをするだけで新たな価値を生み出す可能性だってある。


いずれにせよこれらを行うのは人。
人を集めること、人を育てること、人を活かすことが大学組織の役割だろう。
人は社会の中にいて、社会と金や情報を交換しながら生きている。時間が経てば死ぬから組織を死なさないためには新たな人にそれらを受け継ぐシステムを作らなければならない。さらにそこにある金と情報を得るために社会に対し、金と情報を提供しなければならない。


ついでだから言うと、医科歯科ってのは権威だってもってるんだ。ただ権力を持つだけの権威はいらないけれど、責任を持った権威っていうのはどの分野にも必要だと思う。
医科歯科大学は将来の社会にどのような責任を負っているのだろうか。




ちなみに付属病院の来院患者数はこれまで毎年増え続けていたものの今年減少に転じたそうだ。そんで当初の患者数の予想によって補助金額が払われていたので4000万くらい返納しなくちゃならないらしい。


別のニュースだけど、岡山大が長期債務格付け「AA+」を得たそうだ。国立大で二校目。



「医科歯科大学の将来像」ってのは非常に聞きたかった。

たんたん

たぬきの・・・

何でもないです。
学校始まりました。
昨日は大腸菌やらブドウ球菌やら見て、今日は有機やら無機やらっつー授業でした。
生物ばっかだったから理工の授業は何だか新鮮だわ。
別に面白くはなかったけど。


それはそうと来週15日月曜日に5号館2階第2ゼミナール室で19:00からjazz研ライブやるんで暇つぶしたい人やjazz聞きたい人がいればどうぞ。飲み物お菓子でます。

で今はその練習が大変。
毎日練習ですわ。やばいやばい。



うむむむむむ。

気持ちとは裏腹に
淡々

あけました

遅くなりましたが明けましておめでとうございます。
おとといからもう東京です。

今回くったうどん屋は竹清、さか枝、ばん屋、森製麺、上原、大円、五右衛門だけ。

学校には二度、たけおasukaと3人で行って打楽器のアンサンブル見たのと、次の日の部内発表会を見てきました。懐かしい。


んでもって正月から二泊三日で屋久島行ってきました。
すごかった。
自然好きにとってあんなに心地よい空間はありませんですわ。
縄文杉は見に行けんかったけど、めちゃよかった。
ぜひまた行きたい。今度こそ縄文杉を見てみたい。


いろいろと書きたいこととかあるけど、またの機会で。
明日からもう学校だわ。はやい。
プロフィール

udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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