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discussion

昨日書いたのの発展。というかdiscussion。

医療費の決定は大まかに言えば昨日の通りになる。
しかし、その過程によって得られた医療価格は妥当なものなのだろうか。

医療費の決定は大まかに言えば医療者と行政の間で折衝と政治手続きにより決定される。
だが、医療の消費者は常に一般国民のBtoC形態(BでもCでもないけど便宜的に)であり、医療取引に使われるお金は全て国民所得から払われる。そしてそのサービスの受け手も常に一般国民だ。
ここに複雑な関係がある。

医療現場では医療者により医療サービスが提供され、患者がそのサービスを受け取る。
その医療サービスの内容は現場の医療者により決定されるが、その質と価格は公的保険制度により行政に決定される。そしてサービスの対価はマクロで見ると15%を患者が、残りを公的部門と保険者が払う。そしてその公的部門と保険者の支払財源は一般国民の国民所得である。
医療現場でサービスの内容は現場の医療者により決定されると書いたが、インフォームドコンセントの意識の高まり等により患者もサービス内容の決定に関わるようになってきている。


ここで重要なのは医療現場にいるのは医療者と患者でありながら、その両者がサービスの質と価格を決めることができない点にある。

そして現状では医療価格は低く抑えられている。国際的に見ても先進国の中でもかなり低い水準である。

その低い医療価格は何をもたらすか。

医療者サイドをみると、まず患者の数をさばかないと利益を上げることができない。歯科の現場では特に顕著で、儲けるという意味ではなく、純粋に医院経営的に見ても現在の保険点数では無理があるようだ。
その結果一人当たりの診療時間は減り、一つの保険点数で加算される診療内容にかける時間が減らされていく。これは直接的な質の低下をもたらす。

さらに経営者の立場から見ると、収入が少ないわけだから経営状態を良くするために支出を減らそうとする。医療者の人件費を減らし、人員を減らそうとする。医療者の門戸が広がったことによる医療者の供給増加もこれに拍車をかけるものと思われる。
これは例えば勤務医療者の過労につながったり、危機管理費用が削られたりすることにつながるのではないかと思う。


価格弾力性が低い分野で価格が低く抑えられるとサービスの供給者が相対的に不利益を被るってのはある程度わかりやすいことだと思う。


最も議論したいのは患者側だ。


価格が低いことは一般国民の受診に対する価格障壁を低減させ、「国民の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」(健康保険法第一条)を可能にしている。
要するに医療は国が介入してでも積極的に国民に消費されるべきものである、と考えられている。

確かに平均的な家庭なら大抵の病気は家計状態を気にせず医者にかかることができる。そしてその状態が生み出されたことにより、国民の健康状態が良く保たれているというわけだ。


しかし、それは本当だろうか。

ハーバード大のJoseph P. Newhouse教授の研究によれば、国際的に医療価格の高低や医療費の多寡と健康粗指標に相関は見られない。日本でも医療費の増加と寿命の増加に相関はない。
これについて教授は「豊かな国ではケア消費が拡大する」とした。
要するに現在の医療費の増加中身は寿命を延ばす事を目的としたキュアよりも、より健康度を増進させる事を目的としたケアの意味合いが強いのではないだろうか。


つまり医療において、死に直面した切迫感のあるものではなく、ある程度のゆとりをもったある種の贅沢品として消費されているのではないだろうか。


ここで一つの仮定を作ることができる。

「患者は現在よりも価格が高くなろうとも質の高い医療を需要している」


現在の低く抑えられている医療価格というのは、患者が治療のみを目的とした時のサービスを想定するものではないかと思う。そうでなくとも現実にそうなっている。
しかしある種のゆとりをもった患者にとって、治療のみを目的とした医療現場というのは自身のサービスへの欲求と合致しないものなのではないだろうか。

安くて早い診療よりも時間的にゆとりのある診療をしてほしいかもしれないし、とりあえず噛める入れ歯よりもしっかり噛める入れ歯が欲しいかもしれない。


その典型が差額ベッドだろう。

それまでの病院ではまさに病気を治療するためにベッドが用意されていた。ところが患者は病院での生活に対しても十分な暮らしがしたかったから、需要が生まれ差額ベッドが存続しているのだと思う。



もしこの仮定が否定されないのなら医療制度はおかしな歪みをかかえていることになる。

しかし、もし現在の医療費の中に贅沢的な要素があるのなら、その部分について国が介入する必要はない。
もちろん制度設計上も倫理上も簡単に部分的な介入解除なんてできないし、患者にも様々な人がいるから簡単に断言することもできない。

二部料金制なども頭の中で案として考えてるけど、まだただの空想の域を出れてない。





また長くなった。

今興味があるのは昨日今日書いたこと。
「医療価格の形成について」
医療費の決定過程と医療に対する需要と供給、それらの間で医療価格がどのように揺れ動くのか。もちろん制度と深く関係してるから政策や財政にも裾野は広がる。

これらが去年の12月から今までの学問の勉強以外で自分なりに勉強してきたこと。長くなりすぎて書ききれてないけど。

これはこれで卒業までに結果を出したい。
あわよくばそれで院卒と同程度の評価を得たい。

それが可能ならばその分時間の省エネになるからね。


また寝るの遅くなっちまったよ。
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プロフィール

udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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