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でかい

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060921-00000004-agara-l30.view-000
でかすぎやし!
かさの部分は「なかなかうまい」らしい。塩ふって七輪で焼いてみたいな。



■違憲判決で首相「国旗に敬意も表せないのは変」(読売新聞 - 09月22日 21:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=91706&media_id=20
へんてこ教師が昔の学生運動のノリで権力にさからったら、判事までへんてこで勝訴してしまったんちゃうか、てのが俺の見方。
件の東京の教育現場では、教師が卒業式に日の丸に×書いたTシャツを着たり日の丸を参列者から見えない位置に掲揚したり、なんて例もあるそうだ。特殊な環境で教育を受けさせられた生徒がかわいそうだわ。

子猫殺し作家もだけど社会的な規範よりも一元的な感情を優先しちゃうのかねぇ。

ちょっと前にも紹介したサイトにあるアメリカの教科書に関するコラム↓
http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/atombomboj.htm
これ見るとアメリカの歴史教科書でも必ずしもアメリカ万歳ではないように見える。
でもアメリカにすごくアメリカ万歳なイメージがあるのはなぜか、といえば一番下の部分の読者投稿にあるように、結局のところ教科書のようなものではなく教える人間にあるんだろう。
教科書は教えるためのただの道具。

教育って時にすごく怖いもんだと思う。
なにしろその人の「常識」を作ってしまうもんだから。教育によってはもしかしたら俺も日の丸・君が代が戦争の代名詞みたいに見えてしまったかもしれない。俺がただの国旗・国歌以上の感情は持ち合わせてないのはただの幸運みたいなもんだ。
そんで、これについてはいわゆる戦争被害者といわれる中国・韓国でも同じだろうと思う。

もし、同世代の中国・韓国の人が日本の国旗・国歌に対して戦争と同じ意味を感じて憎しみを抱くのであれば、それは教育の結果だろう。しかし、その憎しみみたいな感情は再生産するべきもんじゃないと思う。
理想をいえばアジアという地域で経済だけじゃなく政治も協力できるのが一番だろう。(中国は政治体制が違うから特殊だけど)

次世代を作るのが教育だ。理想を作るのは次世代だ。
ならば必要なのは日の丸・君が代に対する過激なボイコットじゃないことは明らかだと思う。国旗・国歌は現在の国の象徴であるべきで過去の象徴であるべきではない。その意味で歴史はあくまで歴史として、感情・価値判断その他は捨象して教えられるものだと思う。


書き始めたら書いちゃうからまたこんなんなっちゃったよ。
ま、いいか。
へんてこ教師がいる現場の校長先生も大変だろな。
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プロフィール

udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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