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医療概観 過渡期

生活リズム乱れ中。
昨日は5時におきて午前午後勉強して7時に寝た。
12時に起きて4時間本読んで今にいたる。

ここ一週間過渡期だわ。
てか5年くらいずっと過渡期だけど。

少し前まで政策を中心軸にして勉強してた。
日本の医療制度は政策によるところが大きいから間違っていたわけでもないし、それを知ることは必要だったと思う。
でも最近一つの社会(業界)を構成するのは政策だけでないことに気付いた。つまりその業界は政策系と市場系それぞれの枠組みと力学により影響をうけており、社会問題となりうるものがそれを構成するもの全ての影響をうける情勢の結果だとしたら、その解決策を知るには双方を理解する必要があるだろうってこと。

後から考えれば当然のことなのに、これに気付くのずいぶん時間がかかってしまった。

おそらくきっかけは権丈善一氏の「再分配政策の政治経済学」にあったと思う。そこで、医療費は必要が生むのではなく、政治によりパイが決められていること、その医療費の伸びは少子高齢化によるものは少なく、多くは技術革新による付加価値の増加により、その原資となる国民所得と明確な相関があること、医療機関の需給は金利により影響を受け、現在ある医療問題もこれに影響を受けたものが多くあることを得た。

そこで、医療は政策系によりなされ、市場系からの影響は国家財政上のパイの取り合いによる政治の場からの影響で、間接的なものであると思ってたのが、思いのほか市場系からの影響をダイレクトに受けていることがわかり、視点もしくは視座を大きく変える元になったと思う。


これにより燻ってたものが大きく晴れた気がする。
政策系と市場系、双方の影響を受ける社会を、これまで政策系のみから見てたんだから当然だ。

市場系を見ると、とたんに大きな社会が広がってることに気付く。そりゃそうだ。そこには財政的な制約も政治的な制約もないただ一つの市場であり、自動車だろうが飲食だろうが各産業が同じ土俵で戦っており、多くの企業が生産を求めて戦略を練ってる。

その中で医療というのは経済主体の最小単位である家計にとって消費選択の一つにすぎない。意味合いとしては自身の健康を維持するためのヘルスケアとシックケアという二つの構造のうちの一つでしかない。
そこで気付いたのは現在の枠組みというのはあまりに政策系とシックケアに傾いているのではないかということ。

現在の社会保障制度は出来高払いの病気保険。保険は国や保険組合が保険者となり国民が被保険者となり、医療現場における医療費の7割はここから出ている。一方、医療現場では医師と患者という関係であり、医師は患者に価値を提供し、その代価の7割を保険者に請求する。

まずここに一段階の医療費増大の構造がある。患者は価値に対してその代価の3割しか負担しないんだから、本来の代価に対して消費が促進される。ところが残りの7割は消えるわけではなく、他に負担が移るにすぎないので全体としての医療費は増大する。

さらに、疾病構造の変化に伴い、現在死因の中心は生活習慣病になってきている。生活習慣病というのはその名の通り、その発生には生活習慣が深く関わっていると考えられている。つまり生活習慣病にとって、それを構成するのは長いスパンの発症以前の後に発症があり、予防的な介入により発症を抑えられる可能性がある。にもかかわらず現在積極的な介入があるのは発症後であるシックケアの部分であり、当然長い期間では高いコストがかかるようになっている。


公的な介入の意義は、情報の非対称と医療の不確実性から患者を守り、健康という価値を積極的に消費させること。
その意味で前者に書いた構造もある程度正当化されるだろう。しかし、医師も患者もインセンティブが消費の方向に向かった場合、これは行き過ぎた消費になりうる。特に安価な老人医療においてこの傾向があるのは周知の通りだと思う。

そこで視点を変える。
上に書いた後者の構造から、現在の疾病構造で予防は大きな医療費削減要因になるのではないかと仮説を立てることができる。
ただし現在の構造では患者側にも医師側にも予防に対するインセンティブが働かない。自堕落な生活をして病気になってから医療の世話をうけるというのが往々にしてある。
ここにシックケアとヘルスケアの考え方の統合が必要になる。予防というネガティブなものでも健康というポジティブものでも、そのどちらかにインセンティブが働くようにすべきだと思う。医療貯蓄口座も有効な手段だろう。
ヘルスケアについてはそこまで高度な情報と技術が必要なわけでもないので公的な介入は必要なく、市場の役割だろう。健康増進法の制定や健診事業等政策系による介入はあるが、健康というポジティブな目標のためには市場系によるサービスの提供が一番効率的なのではないかと思う。ただ、ヘルスケアとシックケアを結びつけて市場系がこの分野に参入するには市場教育とインセンティブがいくらか必要だと思う。


また、公的介入のありかたについて、社会保障政策の現物支給として医療がある。その医療についてもどこまで介入するのがよいのか。現在はほぼ完全な価格統制をすることにより医療部門全体を公的に統制している。つまりそれは医療全体が政策系により財政的な制約をうけることを意味し、新たな付加価値を生み出すことに制限をかけていることを意味する。
ところが、医療技術は政策系とは無関係に技術革新をし、付加価値を生み出していく。その上現場では上に書いたように、医師-患者間において価格よりも価値を重視して取引が行われる。それを無理やり財政的な枠に押し込めて統制する方が無理があるのではないだろうか。
それならば、診療内容に対する規制を緩め、付加価値をつけることを認めれば公共セクターの負担もすくなくなるのではないかと思う。簡単にいうと、差額ベッド型の基本料金+付加価値型をもっと広げたらいいんではないかってこと。
病院経営の面倒をすべて面倒みようってのが無理があるんじゃないかと思う。

その新たな付加価値の分だけ患者は負担することになるかもしれないけど、元々患者が得る価値に対する代価であり、その結果生じる総額医療費の増大には何の問題もないだろうと思う。誰も10年前からの携帯料金負担に文句は言わないように。
でも、歯科には差額徴収問題っていう黒歴史があるんだよなぁ。
ただ、現在は情報技術の発達により情報基盤を整備することができるからある程度モラルハザードは予防できるんじゃないかと思う。



他にも薬価の決まり方とか検査費用とかも書こうと思ったけど、長くなったので終わり。

3時間かかってるよ。前の記事もそれくらいかかった。
整理になっていいんだけどね。
ただ、目が疲れた。
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プロフィール

udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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