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やの字

今日は自然に朝起床、だけど結局昼前起床。

昼飯にカツカレー(暑いったらありゃしない)食って例によってスタバへ。
昨日の続きで二章読んだ。二章は「制度派経済学としての医療医系在学-ガルブレイスの依存効果と医師誘発需要理論の類似性」。ガルブレイスったら最近亡くなってニュースになってたね。そんでちょっと興味もって著書の「不確実性の時代」買おうと思ったんだけど、amazonでも品切れであきらめたよ。

ガルブレイスの依存効果と、それが支配するゆたかな社会における社会アンバランスの話。市場において、生産が増えることは福祉を向上させるとは限らない。それは、消費者の需要は自律的に生み出されるものではなく、生産者の宣伝や消費者相互の見栄によって生み出される「依存効果」があり、結果それが支配的なゆたかな社会では「社会的アンバランス」が生まれる。
まさに日本の健康市場は依存効果が大いに支配してる状況だね。みのが「何々がいい」なんて言おうものなら次の日にはその関連商品が売り切れるような社会。本来の状態とは離れて「健康」という言葉を買ってる状態だからね。マスコミの政治学だよ。

この依存効果と同じ構図として医療では医師誘発需要というものがある。これはついてはいろいろと書きたいのでまた今度。
医師は不足なのか、マクロの医療費はどうコントロールされるのかって話ですわ。

この依存効果による社会的アンバランスと昨日の公共選択による死重損失との間で対比されるのだろう。価値財として公的部分と私的部分を持つ医療分野での格好の分析道具だ。

まぁ、また今度。



で、やの字。
日々書きたいことが多いけど話題が冷めないうちに書こうかなと思う。
靖国神社関連ですわ。
俺は元々靖国に参拝した方がいいとか、するべきではないとかの考えは持ってない。直接の利害関係者でもないし。
だけど世間はそうではなく、かなりいろいろと意見が飛び交ってるので書こうと思う。

まず結論から言うと「参拝するのに反対しない」という立場。

周辺国(中国・韓国)の主張を受け入れるべき、というのは正直好きじゃない。なぜかというと国民の感情以前にもはや政治的なものだから。韓国は反日で国を治めてる部分があるし、中国の官僚組織は国民の感情云々をどうこうするようなやわなものではないと思う。現に日本国内で分祀論が出てきたら中国も韓国も分祀は関係ないときた。
では現実に政治問題として国益を守るために参拝を自粛すべきでは、というのも筋が通らないのではないかと思う。小泉首相が言うように、本来相手国の内政に関して首脳会談拒否という強行手段に出ることが国際社会では通らないはずのものだと思う。

次に政教分離に対して。
憲法判断に関しては俺は法律の素人なのでいえない。
けれど戦時中の日本では国家神道をとっており、靖国神社や護国神社は宗教としての神道ではなかったのではないかと思う。
現在は宗教法人でも戦時中は国としてそこに戦死者をまつっていたのだから、それに参拝できないのであれば参拝することに問題があるのではなくて、現在靖国神社が一宗教法人であることに問題があるのではないかと思う。
現在の憲法との整合性に関しては、結果論として利益誘導の面で憲法違反の疑いもあるかもしれない。もちろん、それなら伊勢神宮や明治神宮への参拝もやめさせるべきだ。

他の昭和天皇発言だとかA級戦犯だとかは正直あまり関係のない話ではないかと思ってる。
昭和天皇の発言が現在の内政に影響するのであれば、それもおかしな話だと思う。天皇どうのこうのは右翼だの左翼だのにまかせておけばいい。
A級戦犯については、この参拝の形式が個人的なものである以上、その対象も参拝者の内心によるのではないかと思う。つまり、神社に何が祭られてようと関係ないんじゃないか、もしくはそれについては何も突っ込むことはできないんじゃないかということ。


で、そもそもの話だけど、この問題は政治化しすぎて一般人に判断するのには向かない話だと思う。なぜなら、そもそも賛否両論のある問題な上に、問題が人の内心部分に及ぶものも多く、マスコミなどの権力によって無知な一般人は容易に印象操作、情報操作されやすいから。

この靖国参拝は小泉首相にとっての任期切れ間近ということもあって政治的利益というのは少ない。それどころか、平和だの憲法だのを得意する野党にとって格好のキャンペーン資源になり得る。現に靖国参拝→軍国主義→戦争を始める、なんて頭の悪い飛躍なんかをしてキャンペーンしてる。
そこで小泉首相があえて15日に参拝したのはやはり信念という部分が大きかったのだろうと思う。政治家が信念に基づいて行動したことに対してどうのこうの言うのも野暮ってな感じもする。


で、現実に靖国参拝すれば世の中が騒がしくなる現状はどうすれば騒がしく無くなるのかってことだと、分祀は中国・韓国に効果ないっていわれてるから無しとして、やはり宗教法人ではなく国が管理するか、別の追悼施設を作るかってことになるんだろう。
ただ靖国神社ってのは戦時下の日本において特別な存在であったことを否定することはできないので、国で管理することが良いのではないかと個人的に思う。

今の俺の考え方です。
甘いとことか変なとことかあるかもしれないけど、仕方ない。なにしろ普段興味のない分野だからねぇ。
だから実際にどうするかってのは「参拝するのに反対しない」ってことで時の政治家におまかせしてます。
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プロフィール

udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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