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巡りめぐる

春休みを満喫中です。

さてさて、最近おきた良い出来事は、まずいきつけのスーパー吉池がロメインレタスを扱い始めたこと。シーザーサラダ好きにはたまらんです。
マヨネーズにリーペリンのウスターソースを少し混ぜて簡易ソースを作り、コパンをクルトン代わりにして食ってます。うまー。

んで最近気になる、てか驚いたのは金と原油の価格と円高がすごいこと。円高はある程度予測してたけど。
原油は110ドルを超え、金はとうとう1000ドルを超えた。
特に金の価格については12月末までも右肩あがりで880ドルくらいになってた時に、アメリカの誰かが1000ドル超えるかもなんてことを書いてて「まさか」と思ってたけど本当に超えた。ここいらは割と考察できるんでまた別の日記に書きます。

あて、日々の記録でも。
っつっても神社巡り。

春休み中に東京都内にある延喜式内社は全部参拝しようと思ってます。
てかもうほとんどまわった。

延喜式・・・900年代に編纂された律令の施行細則。祭祀や政についての規則が定められていて、その中に中央から奉幣を受けていた神社の一覧表がある。これに含まれている神社を式内社と呼び、由緒ある神社とされる。全国に2861社。旧武蔵国には44座。但し、大抵時代を経て遷座したり荒廃したりして、一座につき複数の後継と見られる神社(論社という)がある。


特に密度が濃かった2日。

3月11日

新歓~13:00御茶ノ水出発→谷保天満宮→小野神社(府中)→小野神社(多摩)→穴澤天満社→布多天満社→虎柏神社(調布)→青渭神社(調布)→御茶ノ水19:30→練習

3月13日

6:14上野駅出発→金讃神社→虎柏神社→青渭神社→羽黒三田神社→湯島(自宅)20:30


一日神社巡りで終わった13日のレビューでも。



最近春休みを満喫しすぎて生活リズムが崩れているのでそれを活かして神社巡りすることにしたのが13日。
具体的には朝7時ごろ就寝していたのを一回無視して丸一日活動することにした。

家を出発したのは6:00。
6:14発の高崎線に乗り、埼玉県児玉郡の本庄駅まで。この時点で7:45。
そこからバスを待って、目的地近くのバス停まで。そこからさらに15分ほど歩いてようやく目的地金讃神社の大鳥居に到着。時刻は9:00也。

金讃(かなさな)神社は延喜式においては明神大社に列せられる。武蔵国内において明神大社は大宮の氷川神社と金讃神社だけなのでかなり有力な神社だったんだろう。官幣中社という視点で見ると日本最東端にあたる。
また、金讃神社のご神体は拝殿の後ろに控える御室ヶ嶽であり、本殿はない。式内社において本殿がなく山をご神体とする神社は大神神社と諏訪大社と金讃神社のみである。

大鳥居を入り緩やかな坂道を登っていく。
この神社は山をご神体とした神社だが、どうも整えられすぎててイマイチな感じを受けていたが、さすがに二の鳥居までくると空気が変わる。



(金讃神社二の鳥居と神楽殿)

さっそく参拝。
拝殿は少し違和感を感じたが、どうやら仏教の影響を受けた建築物、というのが原因だったらしい。
拝殿の後ろをみると、なるほど鳥居があり後ろに山があった。

境内からは御室ヶ嶽の隣の御嶽山に登ることができる。御嶽山の頂上には奥宮があるというのでさっそく登ることに。とりあえず写真を撮っても良いか不安だったので社務所で神主さんに聞いてみるとOKとのこと。
てか正確には社務所には誰もいなくて社務所備え付けのインターフォンで宮司家と思われる家の人に聞いた。

登山口に立て看板で「400m登る」とかいてあったので、「ここから屋島一つ分登るのか。約30分だな」なんて思いながら登り始めて約15分、山頂に到着。どうやら400mというのは標高ではなく道程だったらしい。

山頂近くには数多くの石仏があった。



(金讃神社 御嶽山登山道)

山頂付近には奥宮と思われる小さな祠があった。
そして山頂付近には鏡岩と呼ばれる岩がある。
なんでも9000万年前に八王子構造線が出来たときの断層の滑り面らしい。表面は光沢を帯びた赤褐色で、赤鉄石英片岩と飛ばれる材質だそうで、地質学の世界では貴重な資料なんだそうな。この材質についてググってみたけどわかりやすい資料はなかった。残念。

元々この金讃(かなさな)とは金砂のことであり、製鉄にちなむ地名だ。古代には製鉄とは渡来系の特殊技術であり、祭祀にも深く関係していた。八岐大蛇の尾から天叢雲剣が出た話なんかも製鉄技術に関係する話とする説がある。この神社のある児玉郡には古墳も多くあり、古い土地であることがわかる。
これとこの鏡岩なんかも繋がっており、この神社の由緒が推定できる。


ただ、つい3ヶ月前に大神神社という一大聖地を訪れたとこなので少し物足りない感じもした。ここを訪れると朝早くに参拝しても多くの人がいて、多くの人が登山しているにも関わらず少しも乱れたところがない三輪山への人々の信仰がわかって、そちらが新鮮だった。


さて、金讃神社からJRの八高線の駅を目指す。
バスは一時間に一本なので駅まで歩くことに。で、これがなかなか長かった。後で測ると約6kmで歩いたり走ったりで一時間弱かかった。


そこから高麗川、拝島で乗り継いで東青梅へ。時刻は13:00也。
東青梅の駅から約1kmを歩き虎柏(とらかしわ)神社を目指す。
目的地付近には諏訪神社前というバス停があり、そのすぐ東側に2本の大きな杉と鳥居が見えた。中世には諏訪神社と呼ばれていたらしい。



(虎柏神社一の鳥居)

鳥居をくぐり、山をらせん状に登る坂道を登ると神社が見えた。

この神社はすごい。
空気がひんやりと冷たく、雰囲気がこれまでに訪れた神社と全く違った。圧倒されてしまった。
調布にある虎柏神社の論社である虎狛神社も独特な雰囲気のある神社だったけど、別格でした。



(虎柏神社)

この神社は本殿が覆殿であり、建築をみることはできなかった。

この虎柏神社は西向きで、反対側には高峰神社という碑と鳥居があり、すごく登りたい衝動に駆られ、丘を登ると小さな祠があった。



(高峰神社鳥居)


次の目的地は青梅から奥多摩行きに乗り継いで沢井駅の先にある青渭(あおい)神社。
ここいらになると下の写真みたいな風景になる。




こういった風景からさらに山の方に10分ほど歩くと鳥居がある。
ここも神社に近づくと空気が冷たくなった。
金讃神社あたりでは山だからたまたまかと思ってたけど、3社続けてとなるとさすがに何かあるのかと思ってしまう。



(青渭神社鳥居)

この訪れたのは里宮で神社の背後には惣岳山があり、山頂には奥宮となる祠と磐座(いわくら)と共に湧き水があり、聖地となっている。
この湧き水は「真名井」もしくは「青渭の井」とよばれ、付近一帯を潤す水源地ともなっている。ここにしてこの神社ありということか。
由緒ある神社はそれぞれに背景があり歴史があるのでおもしろい。
特に付近の集落も信仰が深く、家の敷地内に鳥居と祠があったりして古くからの文化を受け継いでいるのがわかる。


この次の目的地は御嶽山山頂にある武蔵御嶽神社。
沢井駅の次の駅だったので青渭神社から歩いて。

ところが道の途中で3月12日から22日まで御嶽登山鉄道運休の文字が。なんと2日遅かった。しかも22日に帰省するのでそれまで行けないやないの。残念。
てことで途中にあった雰囲気のある熊野神社に参拝して最後の目的地奥多摩へ。


奥多摩駅につくととうとうここまで来たかという気になった。
駅のすぐ近くに奥氷川神社と巨大な三本杉が見えた。
少し歩き、幹線道路から山道へ。
持っていた首都圏地図にはもう載ってなかったので探しながら山道を登る。
見つからない。登ったり降りたりし探すも、おかしい、見つからない。
もしかして途中にあった登山道か、と思い引き返す。
そして幅1mにも満たない登山道の登ること5分、鳥居が見えた!
半信半疑で登ってたので結構感動してしまった。



(羽黒三田神社)

この神社は羽黒三田神社といって穴澤天神社の論社である。が、あまり有力ではないようで資料によっては論社に含まれていない。



でこのあとまっすぐおうちに帰ったのでした。家についたのは確か20:30くらい。
山道ばっかだったんで次の日には筋肉痛でした。



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プロフィール

udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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