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日本医師会

日医について書かれた本を読んでみた。

読み終わった感想としては思ってたよりは日医というのはまともな組織かもしれないとおもった。

現在の日本医師会は昭和22年に生まれ、会員数は15万人、年間予算160億円の組織。
この60年弱の歴史の中でまず医師会の基礎を作ったのが昭和32年から13期25年間医師会長を務めた武見太郎氏。

この武見太郎という人は義理の祖父が大久保利通で義理の叔父が吉田茂という血筋。田中角栄とも親交があったらしい。
慶応医卒業後、慶応を代表する西野内科という医局に入局し、その後財団法人理化学研究所・仁科研究室で原子物理学の医学への応用研究に従事していた。元々日医志向の政治家タイプではなく学者肌だったらしい。

この人の日医での姿勢は「反官僚」。
その代表的なものに昭和46年7月1日から約一ヶ月続いた保険医総辞退という事件がある。一応原因といわれるもの(中医協のメモ)はあってこれに対する抗議といわれているが、この抗議には専門家からみても疑問符がつくらしい。
実はこれより10年ほど前にも総辞退の危機があったが、この時は田中角栄首相(当時)から白紙委任状を受け回避した。
大体厚生省が医療を国営かそれに近づくような体制にもっていこうとして、これに日医が反発するという構図だったらしい。
どのように対抗していたかというと、自民党に根回ししてそこから官僚を抑えるという方法だった。
ここの部分で武見氏とその他1~2人しか実態を知るものはいなかったらしいので臼田被告時代の日歯のようなことが行われていたのかもしれない。

まあ結局は医者の職能団体なので「理念はあっても政策はない」ような状態になっていたそうだ。

これを解決するために独自のシンクタンクである「日医総研」を作ったのが、武見会長より4代後平成8年より4期8年会長を務めた坪井栄考氏。
武見氏より後の花岡、羽田、村瀬の三氏は官僚と割りと良い関係を築いていたそうだが坪井氏は再び反官僚姿勢だったらしい。
これまでは人口予測や医療費予測などは厚労省統計情報部に頼らざるを得なかった。その為に官僚の思惑に適うような数字になっている可能性があった。
実際日医総研は厚生省のミスも指摘したらしい。
1995年当時の厚労省の2015年度の医療費の予測は現在のものと比べて2倍近く大きい数字だったらしい。
さらに平成12年には「21世紀医療のグランドデザイン」として理念を政策で発表することもしている。


ここであげた二人以外にもすぐれたリーダーがいたことも書かれていた。
だが日医の特徴として会員の三分の一は「欲張り村の村長」で医療費の値上げしか興味がないらしい。日医としてその要望にも答えなければならず、その上で理念を実行に移すのは大変難しいことだろうと思う。
さらに最近はどんどん医療とその周辺では複雑さを増しているから日医が果たす役割も大きくなっていくだろうと思う。
とりあえず臼田被告時代の日歯のようになってほしくはないと思う。
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udnkui

Author:udnkui
香川県出身。
京大大学院の博士院生。医科歯科卒。jazz好き。神社巡り好き。独学での法律、政治、経済、経営等社会科学の基礎知識と国会議員、外資投資銀行(米・英・欧)、学際系研究室などでのインターン経験があります。
興味事項:社会、科学、自然、芸術
日々精進してます。

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